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歴史のことばNo.9 浜忠雄『ハイチの栄光と苦難』

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当たり前だと考えられている常識を、事実を素に痛快にひっくり返す。そこが優れた歴史書の醍醐味だとすれば、この本はまさにドンピシャだ。

手にとったきっかけは、2010年のハイチ大地震だ。
恥ずかしながら、ハイチという国の成り立ちについて、あまりよくわかっていなかった。

スペインの植民地となり、サトウキのビプランテーションが始まる。
その後、領有権がフランスにうつってからも、西アフリカから黒人奴隷がたくさん連れてこられた。

そんな中、18世紀末のフランスで革命が勃発。
その平等思想を学んだ解放奴隷トゥサン・ルーヴェルテュールがたちあがり(トゥサン自身は奴隷復活をもくろむナポレオン率いるフランス軍に連行され、フランスで刑死したものの)、1804年にハイチは黒人初の共和国として見事独立を果たした。

アメリカ合衆国の奴隷解放宣言は1863年のことなのだから、実に50年以上前のことである。


しかしながら、独立後のハイチは政争に明け暮れ、サトウキビ・プランテーション以外の産業は育たず、今なお最貧国に甘んじている。

いったいなぜか。


浜はまず、フランス革命の精神がハイチに自由と平等をもたらしたとするストーリー自体を疑った。

そもそも社会の不正義をよしとしない精神は、フランスではなく、黒人奴隷の故郷である西アフリカにあったのではないか。

そもそもハイチ革命の口火を切った蜂起は、1791 年8月14 日にハイチの北部平野にあるカイマン森で、奴隷たちが集い、ブードゥー教の儀式をとりおこなったことから始まった。

ヴードゥー教とは、アフリカ(現在のベニン)に起源をもつ 401 からなる精霊の信仰とキリスト教とが混ざり、ハイチ(当時の名前はサン・ドマング)で生まれた信仰だ。これを通称「カイマン森の儀式」といい、女性神官だったセシル・ファティマンの名とともに伝わっている。


しかし、あくまで伝わっている内容は、口伝えによるものだ。

フランス語の語彙をとりいれた土地の言葉であるクレオール・ハイチ語を話したハイチの奴隷たちには、文字の読み書きができなかったからである。

かくして、黒人奴隷たち語ることができず、革命については主にフランス語による記録が残された。

ハイチの独立の物語においては、ヨーロッパ的な価値を前面に出し、「黒いジャコバン(ジャコバンとはフランス革命における急進的な党派の一つ)」と呼ばれるトゥサンの物語が強調され、奴隷たちが社会正義を求めて集った「カイマン森の儀式」の記憶は薄れていくことになった。


浜は、「カイマン 森の儀式」から 200 周年にあたる 1991 年にハイチで制作された歴史画を紹介しながら、失われた記憶を掘り起こしていく(こちら(外部サイト)の論文でもカラーで紹介されているのでぜひご覧になってほしい)。
そもそも時系列でいえば、じつはカイマン森の儀式と黒人奴隷蜂起のほうが、フランス革命よりも先に起こった出来事だ。

浜は言う。

たしかに,ハイチ革命が起こったのはフランス革命のさなかのことであり,それ以降,ハイチ革命とフラン ス革命とは同時併行に展開することとなったから,フランス革命からの影 響を無視することはできない。しかし,ハイチ革命の発端となった 1791 年8月の一斉蜂起はフランス革命との関係は薄かったのであり,ハイチ革 命は「特殊な性格と固有の起源」を具えたものとして始まったのである。 その「特殊な性格と固有の起源」を生み出したのが奴隷制植民地社会のなかで形成されたプランテーション・システム,クレオール語とヴードゥーであると考える。

フランスでは革命の口火をきった7月14日が革命記念日とされている。

ハイチではカイマン森の儀式のおこなわれた8月14日は祝日となってはいないが、野外劇などの行事が催されているのだという。
 

この二つが並んでとりあげられる機会は、最近では世界史の教室のなかでも増えている。
もちろんなんでもかんでもひっくり返せばよいというわけでもない。異なる地域、異なる境遇の人々を相互につなげ、共振させるグローバルな共時性を意識することが重要だ。




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最後に本書の表紙絵にもなっているエディ・ジャックという画家の描いたハイチ革命の歴史的ワンシーンを見てみよう。
イギリス軍とスペイン軍が蜂起に際して攻撃してきたイギリス軍とスペイン軍と戦わせようと、フランス政府代表委員のソントナクスが、黒人たちに武器を与え、フランス軍に編入。

「武器を与えてくれてありがとう!」

そう、黒人たちは歓喜に包まれている。


――と思いきや、背後には松明と刀を持つ、巨大な黒人の霊の姿が!



この絵が何を言わんとしているのか。
ヨーロッパ中心的な語りから距離を置き、黒人奴隷の声にならない声を聴きとってみたい。


※書籍のリンクを取り違えて紹介していたので修正しました 2022/05/25

このたびはお読みくださり、どうもありがとうございます😊