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「日本語を正しく翻訳する」が正解ではない (2/3)

―― 単に「日本語を正しく翻訳する」ことだけが正解ではないんですね。

東谷 そういう意味では、「多言語化=翻訳」ではないんです。数ある情報を整理しながら、外国人目線で価値の重み付けをし、文脈に沿って新たに文章を構築していくイメージに近いです。

高橋 伝えたい内容を、届けたい相手や言語ごとに最適化する、そこに多言語化の本質があります。

東谷 例えば、ある航空会社の案件で、「私たちは機内食にこだわっている」というキャッチコピーを英訳する機会がありました。そこで、私たちは「Wave goodbye to the standard ‘Chicken or beef?’ (もう今までのようにチキンorビーフとは聞きません)」という英文を提案したんですね。

―― 原文とはまったく違いますね。

東谷 あえてこのような表現にしたのは、伝えたい本質である「機内食へのこだわり」を、より説得力を伴う形で伝えるためです。チキンとビーフは機内食の定番ですよね。この媒体の読者層は国際線を頻繁に利用するビジネス・エグゼクティブですから、おそらくフライトのたびに「chicken or beef?」と尋ねられている。だからこそ「もうチキンかビーフかを尋ねない」というコピーを見れば、「機内食へのこだわり」を読み取れると考えたのです。

高橋 「機内食にこだわっている」と直接的に表現するより、彼らの体験に根ざして粋な表現に置き換える方が、強い印象を残すことができるんです。

東谷 外国人に馴染みのない日本の文化を紹介するときも同様です。例えば日本の「お茶会」について伝えたいとき、「お茶」の説明から入ることもできますが、馴染みのないものに興味を持ってくれる外国人は少ないでしょう。でも、日本のお茶会のベースにある茶道の精神を、海外のエグゼクティブの間で流行っている「mindfulness(瞑想)」に関連づけて紹介すれば、彼らの関心は格段に高まる。そういう視点の切り替えが大事なんです。

高橋 このような提案は「英語的な表現」を理解していなければ難しい。とくに海外のエリート層は、知性やユーモアに富んだ洗練された表現を好みます。多言語化の際には、そういう翻訳以上の付加価値についても意識しています。

東谷 もっと言うと、イスラム系のユーザーが多いメディアには、宗教的禁忌に配慮してアルコール飲料や豚骨ラーメンの広告を控える、といった気配りも必要だと思うんです。ターゲットとなる外国人の言語、文化、宗教などを統合的に分析し、思考の流れや認知プロセスに合わせてコンテンツを緻密に設計することが、広い意味での多言語化対応として今後求められていくと思っています。

東谷彰子
ORIGINAL Inc. 取締役副社長
タイムアウト東京副代表、OPEN TOKYO編集長
幼少期はマニラで、中学高校はバンコクで過ごす。1996年に帰国し、早稲田大学教育学部英語英文学科に入学。卒業後はTOKYO FMに入社。1年間の秘書部勤務を経て、ディレクターとして多様なジャンルの番組制作を担当。2010年1月、ORIGINAL Inc.入社。タイムアウト東京コンテンツディレクターとして、取材、執筆、編集、企画営業、PRなど幅広い分野で活躍。国内外にアーティストから学者、スポーツ選手まで幅広いグローバルなネットワークを持つ。企業や省庁、自治体向けの高品質な多言語対応は高い評価を得ている。
高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント
1989年 外務省入省。パプアニューギニア、ドイツ連邦共和国などの日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、定住外国人との協働政策や訪日観光客を含むインバウンド政策を担当し、訪日ビザの要件緩和、医療ツーリズムなど外国人観光客誘致に関する制度設計に携わる。2014年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。
テキスト:庄司里紗


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