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ポストコロナの海外旅行保険は義務化されるのか


海外旅行時の病気やケガは誰しもが避けたいところ。まして、新型コロナウィルスの感染拡大を経験したあとの旅行においては、誰もが感染リスクについて懸念するに違いない。これまでも「備えあれば憂いなし」と、旅行保険に入る人は多かったが、ポストコロナ時代には旅行保険への関心はさらに高まりそうだ。

外務省勤務時代に、100カ国以上もの国を訪れ、仕事をしてきた経験を持つ、ORIGINAL Inc.のシニアコンサルタント 高橋政司が、今話題のインバウンド用語をピックアップし、世界目線で詳しく、やさしく解説する本連載。

第3回のキーワードは『ポストコロナの海外旅行保険』。世界目線チームの若手筆頭、ヒナタが素朴な疑問をぶつけてみた。

ーー新型コロナ禍の影響で今後は海外旅行保険のニーズが高まりそうです。これまでの旅行保険にはどのような種類があったのでしょうか。その内容も教えてください。

「旅行保険とはそもそも、旅行中の安心安全を確保するためのサービスです。医療の他にも賠償責任や盗難、交通機関の遅延、キャンセル等への補償も含まれます。今回はポストコロナの旅行保険ということなので、『健康に、安心して海外旅行ができる保険』をポイントとして、医療保険をメインに話したいと思います。旅行保険の種類は、それほど多くなく、どれもある程度似通った内容で提供されてきました。」

ーー訪日外国人旅行者の加入率はどうなのでしょう。

「訪日外国人の加入者は、7割弱ほどで、まだ3割近く加入しない人がいるようです(*1)。旅行先で保険サービスを受けるには、本国で加入している健康保険に加えて、海外でも保険に加入する必要があることを知らない人が多いことが原因の一つとして考えられます。例えば、スペイン人の観光客が日本で病気にかかり、病院にいく場合に、母国スペインの健康保険証を見せたとしても日本では通用しません。」

(*1)
参照元: https://honichi.com/news/2020/04/02/kanko-cho-ho-nic/

――海外滞在中に保険が適用されないとどうなりますか。

「保険が効かないと、費用が自己負担となってしまいます。保険に加入していないばかりに、高額の費用を嫌い、病気になっても、病院に行かなかったり、薬が必要でも、購入せずに我慢してきた外国人も多かったのではないでしょうか。

これまで訪日外国人向けの保険は一日あたり500〜1,000円で提供されてきました。治療費、薬代、移送費(救急車や飛行機など)はもちろんのこと通訳や行政を通じた親族への連絡などもサービス項目として盛り込まれています。」

ーー日本と海外の医療サポートに違いはあるのでしょうか。

「そうですね。例えば、救急車があります。重い病気にかかった場合、救急車を呼ぶことになりますが、日本では救急車が無償ですよね。実は、これは世界的にも稀なことなんです。

例えば、ニューヨークだと一回呼ぶのに300~500ドル。オーストラリアに至っては1,000ドル近くかかるようです。そのため、海外の人たちは手元にお金がないと救急車を呼べないという共通認識があって、救急車を呼ばずに病気や怪我を我慢してしまうケースがあるんです。」

――言語が通じないなどの問題がありそうですが。

「現在は、英語など多言語による医療対応が可能な病院も増えてはいますが、まだ十分ではありません。多言語対応をサポートするために、これまで、総務省や厚労省、自治体などが医療通訳や医療コーディネーターといった人材配置を進めてきました。

しかし、ボランティアによるもので、体制としてはまだ不十分です。これでは自身の病状を伝えたり、把握したり、また治療費がいくらかかるのかなどが分からず、外国人が不安に思うのも無理はありません。」

――今後は、医療通訳や医療コーディネーターの役割が重要になりそうですね。

「ポストコロナのインバウンドにおいては、このような人たちの需要が高まり、その価値がどんどん上がっていくでしょう。ですから、早期に、国や自治体がこのような職業の負荷を軽減し、医療現場における多言語サービスをしっかりと提供できる体制を整えていくべきです。」

ーーポストコロナの海外旅行では、旅行保険を義務化すべきでしょうか。また、どのような内容にすべきでしょうか。

「先月末、UNWTO(世界観光機関)が観光業を再開すべく打ち出したガイドラインには、保険会社はコロナについて、『完全もしくは100%補償できる製品を提供する』(*2)よう勧告しています。それを実現するためにはより多くの加入者からお金を集める必要があり、そういう意味でも義務化は効果的だと思います。

*2
“11. Coordinate with insurance companies to offer complete or 100% coverage products.”
https://webunwto.s3.eu-west-1.amazonaws.com/s3fs-public/2020-05/UNWTO-Global-Guidelines-to-Restart-Tourism.pdf

ちょっと話が逸れますが、私は10年ほど前に、海外で病気にかかり、手術を受けたことがあります。その国の保険に入っていなかったため、500万円近い治療費を自費でまかないました。

外国人が日本で病気にかかった場合も同様に、何百万円もの治療費が請求されることもあるでしょう。米国では病気の種類によっては、ゼロの桁が違うかもしれませんね。

保険を義務化すれば、このように予期せぬ形で高額の医療費を請求されることも減りますし、病気を治療する医療機関や、現在、ボランティアとして稼働している医療通訳やコーディネーターと言った人たちにしっかりと対価が支払われる仕組みを作る財源にもなりうるでしょう。」

――現状、新型コロナについて保険適用としている旅行保険はあるのでしょうか。

「残念ですが、現時点では旅行保険の対象となっていません。米国のインバウンド保険を例としてみても、『コロナは保険適応対象外』と明確に書いてあります。

なぜコロナが保険の対象外とされているのかというと、保険会社にとって、感染が拡大している現状では、新型コロナは治療方法も見つかっていないリスクの高い病気との認識からでしょう。」

ーー将来的には、世界共通の基準を持った旅行保険が出てくる可能性はあるのでしょうか。

「理想としては出てきた方がいいですね。しかし、現状では医師免許ひとつとっても世界基準がありません。ドクターXのような完全無欠の医者も世界にはいるのかもしれませんが、それでも世界共通の免許がない以上は、世界中どこでも医療行為をすることはできません。

旅行も同様で、実現するためにはまず、WHOのような国際機関が議論を促していくところから始めなければなりません。」

ーー日本のインバウンドにも関係してくるでしょうか。

「そうですね、例えば米国にはESTA(*3)という入国審査制度があって、これはビザ免除者も申請が必要で、14ドル支払わされます。しかし、だからといって、米国に行く人は減らないんですよね。

*3
ESTAは、ビザ免除プログラム(VWP)を利用して渡米する旅行者の適格性を判断する電子システムです。ESTAは米国国土安全保障省(DHS)により2009年1月12日から義務化されました。90日以下の短期商用・観光の目的で渡米しようとするビザ免除プログラム参加国の国籍の方は、米国行きの航空機や船に搭乗する前に、電子渡航認証を受けなければなりません。
https://jp.usembassy.gov/ja/visas-ja/visa-waiver-program-ja/esta-information-ja/

ですから、私の意見としては、日本も保険を義務化して問題ないと思いますし、むしろ、そうすることで、『さすが、日本は制度がしっかりしている』とポジティブに受け止められる気もします。

このあたりのポストコロナのインバウンドにおける戦略やUNWTO(世界観光機関)が打ち出した方針との兼ね合いについては、また別の機会にお話したいですね。

いずれにしても、ポストコロナの安全安心の旅を実現するためには、しっかりとそれをサポートできる旅行保険を作っていくことが大事です。また、旅行者も万が一の時のためにどういった対処法があるのか自身でよく考えて、準備しておく必要があるでしょう。」


高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント1989年 外務省入省。外交官として、パプアニューギニア、ドイツ連邦共和国などの日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2005年、アジア大洋州局にて経済連携や安全保障関連の二国間業務に従事。2009年、領事局にて定住外国人との協働政策や訪日観光客を含むインバウンド政策を担当し、訪日ビザの要件緩和、医療ツーリズムなど外国人観光客誘致に関する制度設計に携わる。2012年、自治体国際課協会(CLAIR)に出向し、多文化共生部長、JET事業部長を歴任。2014年以降、外務省国際文化協力室長としてUNESCO業務全般を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。2018年10月より現職。2019年、観光庁最先端観光コンテンツ インキュベーター事業専属有識者。

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