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相手の価値観に訴える説明戦略 (2/5)

世界遺産の選考には、非常に長い時間を必要とする。各国政府は、まず世界遺産登録を目指す遺産を国内から選定しユネスコ世界遺産センターに提出しなければならない。これは「暫定リスト」と呼ばれる。

 政府は年に一度、このリストの中から条件の整った遺産を選び、登録を目指す前年の2月1日までに登録推薦書をユネスコ世界遺産センターに提出する。なお、自薦できるのは2020年以降、1カ国1案件に限定される。

推薦書が受理されると、ユネスコの諮問機関による現地調査が始まる。文化遺産は「ICOMOS(イコモス、国際記念物遺跡会議)」、自然遺産の場合は「IUCN(アイユーシーエヌ、国際自然保護連合)」が担当する。その後、それぞれの諮問機関の評価勧告に基づき、年に一度開催されるユネスコ世界遺産委員会で登録の可否が決定する流れだ。

 私は前述のとおり、2014年から2018年までの4年間、『明治日本の産業革命遺産』(2015年)をはじめとする4つの世界遺産登録に携わってきた。私に課された役割は、世界遺産委員会に対する説明戦略から企画立案、交渉に至るまで、登録に関わるすべてのプロセスだった。

 そこで重視したのは、考古学的な価値に加え、相手の価値観に訴える世界目線の戦略だった。なぜなら、最終的に世界遺産登録の是非を決める世界遺産委員会は世界遺産条約締結国の中から選挙で選ばれた21カ国で構成される(任期は6年)からである。アジア、オセアニア、北中南米、アフリカ、ヨーロッパなど多様な地域から選ばれる委員国の代表は、必ずしも日本の文化や歴史を深く理解しているとは限らない。つまり、たとえ私たちが日本人目線で遺産の重要性をアピールしても、共通の価値基準を持たない委員たちにはその良さが伝わらない可能性があるからだ。

確実に遺産登録を実現するには、両者の間に横たわるギャップを埋めなければならない。つまり、世界遺産委員の世界観の中に、日本的な価値を同義のものとして置き換えることが非常に重要なのだ。私はこのような考え方を「インタープリテーション ストラテジー」(説明戦略)と位置づけている。それはいわば、日本的なアイデンティティや価値観からいったん距離を置き、まったく異なる視点から対象を逆照射してみる行為に他ならない。

高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント
1989年 外務省入省。パプアニューギニア、ドイツ連邦共和国などの日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、定住外国人との協働政策や訪日観光客を含むインバウンド政策を担当し、訪日ビザの要件緩和、医療ツーリズムなど外国人観光客誘致に関する制度設計に携わる。2014年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。
テキスト:庄司里紗



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