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君が好きだと叫ぶだけ

 き・み・がすきだーと、さ・け・びーたい!
 これを聞けば即座に、湘南のきらめく海をバックに駆けるバスケ部員たちのまさしく青春そのものという映像が自動的に脳内再生される。スラムダンクのアニメ主題歌のうち、おそらく最も有名な1曲だろう。京都ハンナリーズのホームゲームでは毎試合この曲が流れる。私の記憶が確かなら3Q中盤のタイムアウト中。推しアピールと銘打って選手のグッズをフリフリし、無作為にカメラに抜かれた客が指ハートなんかのポーズを強制的に要求される(笑)。2月中旬現在、ハンナリーズは西地区最下位かつ勝率は3割ほどな上、なぜか私の見に行く試合は完膚なきまでにコテンパンにされる割合が高いので、いくぶんほろ苦い気持ちでベンチを眺めながらこの曲を聞くことが多い。

 2023年の秋、Bリーグ観戦にみるみるハマっていくのと並行して、私は生まれて初めてスラムダンクのいわゆる薄い本(二次創作の自作冊子)を作った。もともと桜木花道が渡米したその後のキャリアを追いかけるという二次創作界隈のメインストリームから外れたどこに需要があるのかわからない(実際ほとんどない)ニッチな話を長々と書いていたのだけれど、なかなか勝てないハンナリーズを現地や配信で応援するうち、湘北バスケ部のベンチメンバーやマネージャー、応援する同級生といった脇役たちの話がどうしても書きたくなった。それは同時に特定のスポーツチームのファンとして試合を応援するという現在進行形の体験に、ともすれば置いて行かれがちになる自分の気持ちを整理する意味合いもあった。冊子のあとがきはこんな感じだ。

 ザファ(映画THE FIRST SLAM DUNK)にハマり、W杯にハマり、ロスを埋めるようにして初めて地元のアリーナへ赴きました。私の町のチームは強くありません。リーグを代表するようなスター選手もいません。それでも気付けば"ブースター"を名乗るのに十分なくらい何度も会場へ足を運び、声を枯らして応援するようになっていました。
 どんなに負けが続いても、選手の未熟さが垣間見えても、彼らが最後まで懸命に走り続ける姿はどうしようもなく輝いて見えます。スラムダンクの登場人物たちに感じた美しさと同じものを実在の選手に(勝手に)見出して胸を熱くすることに少しだけ後ろめたい気持ちがありながらも、抗えない魅力を感じます。
 若くて強くて才能があって、人の視線に晒され、喝采を浴びることにも慣れていて。コート上にいる彼らは自分とはまるきり異なる世界で生きている輝ける人たちです。彼らを応援するときに自分の胸の内にある気持ちが何なのか。彼らと自分を勝利という目標で同化し、どんな時も温かい拍手を送る敬虔なファンで居ることに陶酔しているに過ぎないのか。負けた試合で選手を中傷する書き込みも何度か目にしました。応援という行為の無責任さ残酷さを、熱狂の裏側にいつも感じます。応援に入れ込むことは、危険な心の動きも含んでいるように私には思えます。
 それでも、ファンの応援がどれほど力になるかを選手がたびたび表明するのは、動員数を伸ばすための惹句だけではないでしょう。どんなにまばゆい星も、暗い宇宙の中でその光を反射する他者がいてはじめて自分の光を確かめられるように、観戦し応援する側が選手たちの強さと美しさをいっそう価値あるものにできるなら、それはどちらにとってもピュアな体験になるはずです。
(中略)
 激しい競争とあからさまなショービジネスの中でも、すべての選手が思うままに輝き続けられますように。そんなことは土台不可能と知りながらも、もうしばらくの間は応援することをやめられなさそうです。

2023年12月末 スターゲイザー あとがき

 リーグを代表する選手がいないなんて言ってごめんな。ここで言いたいのは、W杯から入ったニワカファンである自分が初めてBリーグを見始めた時、地元のチームに日本代表選手がひとりもいなくてやっぱり少しがっかりした、という単にそれだけの話だ。バスケファンからすれば、元フィリピン代表であるマシューライトやキャリアハイ50点を誇るケビンジョーンズ、Bリーグ新人賞の若手日本人が2人もいる今季のハンナリーズは十分スター揃いと言えるのかもしれない。ただやはり、勝てない試合が長く続いた序盤は見ている側からしてもタフだった。能力のある個人がそろっても、バスケはあくまでチームスポーツであって、チームを作るには一歩一歩近道などないのかもしれないと素人ながら思う。

 序盤は長く勝てない時期が続いたハンナリーズだったけれど、年末のブレックス相手の大逆転勝利以降、徐々に面目躍如という印象だ。10月ごろの私からしたらすっげーマジで信じらんない!ような大興奮の試合がいくつもあった。あんなん見ちゃったらもう抜け出せないよねぇ。だがしかし、である。バイウィーク前に連敗を喫して、ここのところ調子はやや沈みがちだ。看板選手として鳴り物入りでやってきた岡田侑大はというと、2月頭の川崎とのGAME1ではゴキゲンに大暴れしたものの、GAME2でお返しとばかりに徹底マークで完封され、それ以降なんだかプレーに精彩を欠き表情も元気がないように見える。まさか自信喪失なんて似合わないでしょあの岡田さんが、と発破のひとつもかけたくなる。ほっそりとした身体で狭い隙間をこじ開けていくせいか試合中の接触でどこかを痛めるシーンは数え切れず、それが積み重なってコンディションが思わしくないのかもしれないけど、彼のようなタイプの選手の攻略法のようなものでもあるのか、特にディフェンスの良いチームには上手く抑え込まれるゲームが目立つようになってきたのが気になる…とドシロートなりに思う。連動するようにここのところチームは負けが込んできている。決定的なチャンスで決めきれず流れを渡してしまうし、追いすがってもミスが出て勝ちきれない。年末以降ステップアップを感じられた収穫の時期を過ぎて、それぞれがまた新たな壁にぶつかっているということなのか。などと批評家じみたことさえ書いてはみたものの、相手との相性もあるしメンバーそれぞれの好調不調の波は当然あるだろう。勝ち負けは確率で、たまたま続けて負けの目が出ただけ。選手たちが手ごたえを感じながら前進していけているなら、また沖縄戦のような試合も見られるはずだ。

 名古屋戦のバスライでは、解説の方(ハンナリーズユースチームの監督さん)が日本代表に召集された選手の中に京都の選手がいないことを残念がっていた。もちろん岡田のことだろう。名指しされなくても岡田にはそういう役割が期待されているし、明らかに彼を中心として組み立てられた今シーズンのチーム作りには、地元出身のスター選手を育ててチームの核にしたいといういくらか政治的な意思が見える。(もちろんそれ自体何も批判すべきことではない。)
 ロイHCの設計したチームがどこに到達できるのかはまだまだ未知数で、不確定要素はもちろんこれから岡田がひと皮ふた皮剥けるかどうかだけではない。一方で上記あとがきにも書いたように、バスケファンがSNSのコメント欄なんかで訳知り顔にあれこれ言うのも目に入って来る。加えて岡田には去年のスキャンダルも後々まで付いて回るだろう。本人の意思とは関係なくコートの内外で、たくさんの人の重い期待や金儲けの思惑や、もっと言えば欲望と呼んでいい生々しいものがむき出しになっている。そんなことを思いながら敗色濃厚なゲーム終盤にコートに戻っていく選手たちの後ろ姿を見ていると、自分自身はいつでも下りられる安全圏にいながら、仮想の勝負ごとに身を投じて喜びを得られるのがスポーツ観戦の醍醐味であり同時に残酷な一面なのかもしれないと思う。どれほど勝たせてやりたいと思ってもコートには選手しか上がれない。彼ら全員が厳しい競争で選び抜かれたスターで、知る由もないけどきっとその自負と責任を負いながらコートに立っている。見てるこっちは気楽なもんだ。勝敗を左右することなんかできるはずもなく、せいぜいグッズを買ってクラブに小金を落とすくらいしかできない。スポンサーがつけばなぁとも思うけど、金さえあればハンナリーズを強くできるかというと残念ながらそうでもなさそうだ。仮に私にTOYOTAや三菱電機やジャパネットタカタに匹敵する資本力があったとしても、『今いる皆で』強くなってほしいと既に思ってしまっているのだから始末が悪い。(超リッチな長距離バスくらいはプレゼントしてあげられるかもしれないけどね)

 試合を見るたび、特に負けた試合の後は13人それぞれの選手のことを思う。ケガの長期離脱でなかなか調子が上がらない、チーム内の競争に勝てずずっとベンチを温めている、相手のマークが厳しくて思うように仕事させてもらえない…そんな時何をモチベーションにしてどう突破口を見つけようとするのか。あるいは、家族と離れて異国の町で、大きいクラブに比べれば決して高くないだろう報酬でバスケ選手をやることがどういうことか、とか。そのほとんどは想像の域を出ない。確かなのはきっと選手それぞれが自分の現在地で、肉体だったり能力だったり、そのほか数え切れない制約の中で自分の戦いをしている。彼らやチームがその内実をすべて明らかにすることはない。たまには長文インタビューで色々教えてくれても良いじゃんとは思うけど、彼らが見世物にしているのはあくまで試合だから多分今のままでいい。すぐに結果が出なくても、選手たちとチームが前を見て少しずつ変わっていく様子はそれそのものが本当に美しいし、苦しい状況の中ごくごくたまに、突然やってくる歓喜の瞬間はどうしようもなくきらめいている。だから自戒を込めて、自分が何に価値を見出して、お金と時間をかけてこのショーを見に行くのかを忘れないようにしたい。だってNBA経験のある選手やフィリピンのスター、若くて活きのいい野心あふれる若手選手たち、彼らのプレーをこの町のこじんまりとした体育館で見られること自体が結構すごいことなんじゃないだろうか。ボールの振動を足に感じ、雄たけびで直接鼓膜を揺らし、そして何より自分の肉声を届けられる。もしハンナリーズが無かったら、私のBリーグ観戦はずいぶん違ったものになっていただろう。

 負けが続いて選手たちが悔しそうだったり、プレータイムがもらえず苦しんでいるように見えるとついつい感情が引き寄せられてしまうのは仕方ない、人間だから共感もする。でも多分、選手は悔しさも苦しさもうまく飼いならしてエネルギーにできるからプロをやっているはずだ。である以上、駆け出しのぺーぺーとはいえどうやらハンナリーズブースターになってしまったらしい私の戦いが定義できるとしたら、自分が感じる価値と彼らの仕事を信じて声援を送ることだけだ。勝負は水物、結果はあとからついてくる。ジャイアントキリングの興奮をまた期待しながら、今の彼らをしっかり見逃さずにいたいと思う。


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