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140字小説 すぐ読めるお話集

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記事一覧

つかまえた

「つかまえたぁ」
「お前か、目を付けたら死ぬまで追いかけてくるという妖怪は」
「そうだ。お前、逃げられると思うなよ」
「丁度よかった」
「何を強がる」
「わしは見目が悪い。この首元の出来物もあって誰も寄りつかん。だがいかんせん寂しくてな。共に生きる者を探していた。ようやくつかまえた」

過去も未来も

「人間は同じ失敗ばかりするね」
「よし、過去の事を思い返す能力を授けよう」
「いいね。じゃあ未来の事を考える能力も授けようか」
「過去と未来を考えられれば変な失敗はしないだろう」
「でも過去と未来ばっかり妄想したりしないかな?」
「まさか。目の前に今があるんだから有り得ないだろう」

無力な涙

「うわ、男のくせに泣くなよ。だっさ」
「やめなよ男子、%&君泣いてるじゃん」
「いや、男ですぐ泣くような奴相手にしてらんねえよ」
泣くのは
「%&君てさ、顔はいいんだけど、なんかちょっと、無いよね」
「そう?守ってあげたくない?」
「それはそうだけど、男としてはなくない?」
駄目なのか

ピアノ

普段は恐ろしい先生がピアノの前に座ると、優しい表情で暖かな音を奏でていた。普段は控え目な女子がピアノの前に座ると、背筋を伸ばして荘厳な音で空間を支配した。普段は粗野な男子がピアノの前に座ると、気さくで親しげな音色を紡いだ。自分も変わりたいとピアノの前に座る。出したい音は出なかった。

今、この時

「あー金欲しい」
「んね。働かないでお金欲しい」
「それなー。なんとかなんねえかなあ」
「まじ私とか部活とかバイトでめっちゃ忙しかったし」
「これまで頑張ったんだからさー。将来は楽したいよな」
そうやってノートを開いたまま話す学生を眺めていた。
私はノートに目を落とし、ペンを走らせる。

記念日

知らん知らん! 記念日なんぞ知らん! なんで月日が同じだったら祝わなきゃいかんのだ! だったら時間が同じだったら祝うんか! だったら十日後とか百日後も祝うんか! 適当な気分で浮つくのは好かん! だからホラ、お土産食うぞ。お前に感謝してるから買ってきた。今日の記念日なんぞ知らん。

Never give up

親戚の子が田舎に遊びに来た。来るのは初めてらしい。あぶれていた私が相手をするはめになった。虫にも物怖じせず、黙々と捕まえる。バッタの大きな後ろ足を片方つまんでぶら下げ眺めていた。バッタは暴れた拍子に足がもげ、地面に落ちると逃げ出した。「なんであの虫はあんなになったのに頑張るの?」

徹夜自慢

「いやあ、これで3徹だわ」
「いかんなあ、さぼっちゃいかんよ」
「は? いやいや、さぼるどころか、むしろ頑張ってるだろ」
「大事な仕事を3回もやってないんだ。それはさぼりだろう」
「なんだよ大事な仕事って」
「人間には夢が必要だ。だから自分にも毎夜夢を与えてやらないと枯れちまう」

嘘つき大人

「三人の大人がいるとする。そのうちの一人は本当のことしか言えない。一人は嘘しか言えない。一人は制約がない。仮にA、B、Cとする。それぞれが言った。
A:私は本当のことしか言えない
B:私は嘘しか言えない
C:私には制約がない
さて、嘘をついていない大人はいるか?」という問いの欺瞞はどこか?

空っぽ

「この箱にはお前宛のプレゼントが入ってるの?」
「そうそう。何入ってた?」
「……なあ、パンドラの箱に残っていた物ってなんだか知ってるか?」
「ああ。希望だろ?ってことはなにか良いの入ってるのか」
「古代ギリシャ語では予兆、期待という意味もあるそうだ」
「つまり?」
「見ない方がいい」

晴れているのになぜか降り注ぐ謎の物体から守るため、都市部をすっぽり覆う巨大な傘が建造された。太陽光を通すからちゃんと日差しが届いた。しかし傘であるから、その周辺には本来都市部に落ちるはずだった物体がぼろぼろと落ちた。そして傘を通すから、本当の太陽の日差しは二度と届かなくなった。

あれから10年

私は秘密裏に冷凍睡眠装置を開発した。まだ震災の傷は癒えていないが、これを教訓にして人類は更に発展するだろう。ハラリも言っている。人類は飢餓・疫病・戦争を克服したと。念のため10年ごとに起きるように設定した。私は人類の未来を見届ける。今日目覚めた。世界は疫病と戦争で様変わりしていた。

今日の色

目を覚ますとまず壁に貼った色見本に目を向ける。今日は赤の位置がぼんやりとして見えなかった。最悪だ。ついに赤色の番か。身支度を整えて家を出る。道にぼんやりした色合いの人が立っていた。その横を通りすぎようとした時、不意に刺された。よく見るとその姿は全身が見えない色だらけだった。

選択

俺には人を見る目がない。大勢の中から選んだ俺の親友は、交通事故で死んだ。大勢の中から選んだ伴侶は、小さい娘を残して病気で死んだ。娘のためにと日々奔走した。年頃になった娘は男を連れてきた。俺が反対すると二人は出て行った。幸せそうな孫の写真を見て思う。やはり俺には人を見る目がない。