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結果-01-1|セイタロウデザインのブランディング

この「結果」章では、前章「方法」に記述した手法により、セイタロウデザイン のブランディングについて提示する。

本連載は、アートディレクターの山崎晴太郎が、社会学者加藤晃生との出会いにより、自身の理論化されなていない活動をアカデミズムに客観視してみたい。そしてそれを言語化し構造化したもの見てみたいという、純粋な知的欲求に基づき始まった連載である。あわよくば、それが後世のクリエイティブを志す人たちへの一つの武器となることを願いつつ。
山崎晴太郎 序文|『透明な好奇心』参照

【結果】

本章では、前章で示した方法を用いた調査の結果を、エスノグラフィーの形式で提示してゆく。

 本章において中心となるのは2020年初夏より始まった、とある企業のブランディングのプロジェクトである。本稿ではこの企業を仮に「A社」と呼ぶ。

A社の事業が展開されている地域やA社の事業内容の細部は、現段階では全て架空の固有名詞を用いて記述し、若干のフィクションも含めることとする。これは、今現在進行中であるプロジェクトの内容には企業秘密が多く含まれているからである。

 このプロジェクトは現在も進行中なので、noteにおける連載ではプロジェクトの一定期間ごとに調査結果をまとめ、それぞれに対して考察を加えるという形を取る。

【A社プロジェクトの概要】

A社について

 A社はいわゆるB2C企業である。A社の展開している商材はハイブランドに属しており、新しく展開する予定の商材も価格帯は高価格帯に属する。

セイタロウデザインとA社の関わり 

セイタロウデザインはA社が新しく展開する予定の商材のブランディングを依頼され、2020年初夏に最初の提案を行った。

 このプロジェクトのセイタロウデザイン社内における担当者は、山崎や小林を含む4名であるが、本プロジェクトの中心でプランニングを担っているのは、クリエイティブ・ディレクター兼コピーライターの原田剛志(*1)である。

 この体制について山崎は、従来はこのようなブランディングのプロジェクトを進められる人間が限定されていた体制が続き、会社の組織的な成長を阻害していたと語った。


「この辺の資料(*2)は、12年間のデザインパートナーをしてきた経験をどうにかアセットできないかと去年の頭あたりにまとめた形です。それまでブランド戦略のパートナーを僕しかできない状況だったので。フレーム化してみました。

偉そうに言えば、僕の頭の中をみんなができるように、的な。よく会社が成長期に陥るやつにまんまとうちも直面していたので。

これができてから、ある程度ブランド戦略部分も構造化してチームで運営できるようになってきた感じです!」(2020年11月11日、Slackにおける山崎のコメント)


2020年初夏における動き

セイタロウデザインはこの時期にA社に対し、プロジェクト着手後の最初のプレゼンテーションを行った。このプレゼンテーションで使用されたのはA4サイズ横向きの合計4ページの資料である。

 資料の1ページ目は表紙となっているが、この表紙は極めて簡素なグラフィックデザインである。白地に黒1色で、左上隅には日付と書類の管理用の通し記号らしきものが小さく記され、中央右端には資料名がやや大きめの書体で左端揃えで入れられている。また、右下隅にはセイタロウデザインのロゴマークがある。

 2ページ目は「ブランディングのスコープ」と題された資料で、A社の事業全体のブランディングの中で今回セイタロウデザインが担当する部分が図示され、更にその担当部分が以下の五つのステップに分解されている。

またそれぞれのステップ内には、セイタロウデザインが行いうる様々なワーク・パッケージが定義されている。これらの諸ワーク・パッケージ(*3)は3ページ目にリストアップされている。


【BRANDING FLOW

STEP1 調査・分析・ 経営者ヒアリング
・ 組織内ヒアリング

・ 顧客・取引先インタビュー
・ 市場環境調査
・ 現状ブランド分析調査

STEP2 コンセプト構築
・ ブランド提供価値の設計
・ ブランド・プロミス
・ ターゲットの設計
・ ブランド価値基準の設計
・ ブランドポジショニング整理


STEP3 言語化・コピー化
・ ブランドコンセプト(ミッション・ビジョン)のコピー化

・ 社名・ブランド名(ネーミング)
・ ブランドスローガンの開発
・ 行動指針の設計
・ 商標調査(提携弁護士)

STEP4 可視化・デザイン化
・ デザイン開発基準の設計

・ VI開発(ロゴデザイン)
・ キービジュアルの設計
・ ブランドの世界観の規定


STEP5 コミュニケーションの設計
・ 統合コミュニケーション戦略の企画・設計

・ VIツールのデザイン(名刺・封筒・帳票など)
・ 会社案内・カタログの制作
・ ウェブサイトの制作
・ ブランドムービーの制作
・ ブランドブックの制作
・ オフィス・店舗の設計・内容デザイン
・ 商品開発
・ パッケージデザイン
・ オリジナルフォントの開発
・ VIマニュアルの制作
・ インナーブランディング施策の企画・設計
・ ブランド管理講習


 ここに示された諸ワーク・パッケージのうち、太字でないものは、このプロジェクトにおいては当初より提案から除かれている(ただし提案資料には文字色を薄くした上で記載されている)。


 4ページ目はプロジェクトのスケジュール表である。


 現段階ではあまり詳しく描写出来ないが、プロジェクトは2020年の8月から始まり、2021年の1月に完了するとされている。ここで特徴的なのは、ウェブサイト制作だけが、それ以外のプロジェクト・ライフサイクルとは別に8月から始まって1月まで続いている点だ。


 さらにこれを詳しく見ると、中心となるプロジェクト・ライフサイクル上では8月中に「STEP1 調査・分析」が実施される。一方、この時期にウェブサイト制作ワーク・パッケージ内ではティーザーサイトの制作が進められ、8月末に公開することになっている。

9月から11月中旬までは「STEP2 コンセプト構築」「STEP3 言語化・コピー化」が行われる。ウェブサイト制作ワーク・パッケージ内ではA社の既存のブランドのウェブサイトデザインを流用したウェブサイトの制作が行われている。これは11月半ばに公開となる。

11月半ば以降は「STEP4 可視化・デザイン化」「STEP5 コミュニケーションの設計」のフェイズである。ウェブサイト制作ワーク・パッケージ内では、プロジェクト・ライフサイクル中の第3フェイズ「STEP3 言語化・コピー化」までの成果を踏まえた最終的なウェブサイト制作が行われ、2020年3月に公開となる。

以上が、この提案資料の内容である。

【比較】

比較対象

 本稿では、セイタロウデザインのブランディングパートナー事業の手法の特徴を抽出するため、以下の4冊の資料を用い、これらの本で示されている方法論との比較を行う。

資料A 田中洋『ブランド戦略論』(有斐閣、2017年)
資料B 石澤明彦『「売れるブランド」のつくり方』(阪急コミュニケーションズ、2004年)
資料C 永井一史『博報堂デザインのブランディング:思考のデザインとカタチのデザイン』(誠文堂新光社、2015年)
資料D 西澤明洋『ブランドをデザインする!』(パイ・インターナショナル、2011年)

 無数に存在するブランディング論の資料の中からこれらの資料を選んだ理由は、以下のようなものである。

まず、資料Aは現時点で日本で読まれている中では、最も標準的かつ最も網羅的なブランド論の学的な教科書と考えられる。著者の田中は21年間の電通勤務を経てアカデミアに軸足を移した人物であり、京都大学で博士号も取得し、現在は中央大学ビジネススクールの教授職にある。本プロジェクトの眼目は山崎晴太郎の活動を学的な手法を基礎に俯瞰し、考察するものであるから、アカデミアにおけるブランド論の標準的な教科書は必ず参照しなければならない。

資料Bは日本を代表する大手広告代理店の一つであるADKのブランドデザイン局を設立した人物によるブランディング論のビジネス書であり、セイタロウデザインの方法論との比較は有意義であると考える。また書かれた時期がリーマンショック以前である2004年と若干古いが、これも2004年と2020年という時期の比較も可能になると考えれば、むしろ意味があるだろう。著者の石澤はデューク大学のロースクールを卒業した後に旭通信社に入社。旭通信社と第一企画が合併してアサツーディ・ケイとなった後、同社にてブランドデザイン局を設立。本書執筆当時の肩書はアサツーディ・ケイ・ブランドコンサルティング局長となっている。その後2010年に独立し、現在はd.d.d.にてブランドコンサルティングを行っている(*4)。

資料Cは電通、アサツーディ・ケイと並ぶ日本の大手広告代理店である博報堂の傘下のブランドコンサルティング会社である博報堂デザインの創設者・社長による、ブランディング論のビジネス書である。資料ABCにより、電通、アサツーディ・ケイ、博報堂という大手3社の方法論を、全てではないにせよ参照したと考えることが出来る。著者の永井は多摩美術大学のデザイン学科を出て博報堂に入社、2003年に博報堂デザインを設立し、現在までその代表取締役社長を務めている。また2014年より多摩美術大学統合デザイン学科の教授でもある。

資料Dは大手ではなくデザイナー個人を中心としたデザインファームの方法論のサンプルとして使用する。著者の西澤は京都工芸繊維大学大学院を卒業後、東芝で4年間デザイン業務に携わった後、2006年に独立して株式会社エイト(現在はエイトブランディングデザインに改名)を設立した人物である。


デザインファーム間での比較

 本節では、セイタロウデザインの社内資料および資料A-Dを用いてブランディングを進める手順とその内容を比較する。

 セイタロウデザインのブランディングパートナー事業については、社内の資料でもバージョンによって多少の違いが確認出来る。具体的には、STEPと呼ばれるフェイズの分割方法が異なることと、それらに含まれるワークパッケージに異同があることがわかる。(図版1および2)

図版1

画像1


図版2

画像2


 A社への提案の元となっているのは図版2の方の資料と考えられる。

 セイタロウデザインが実施するブランディングパートナー事業の手順が何故このように変化したのかは、それ自体も分析が必要な論点であるが、それはまた別途取り上げることとして、本節ではひとまず図版2をセイタロウデザインの現行の手順として取り扱う。

 セイタロウデザインとADK、博報堂デザイン、エイトブランディングデザインの四つのデザインファームおよび田中洋の提示したブランディングのプロセスを比較したのが表1である。

(表1)

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まずはデザインファーム間の比較を行う。

比較対象とした3社ともそれぞれに有名なブランドを数多く手掛け、極めて高い評価を得ているデザインファームであるが、そのブランディングのプロセスには予想外に大きな差異を認めることが出来る。具体的には、以下の2点を指摘出来よう。

1. セイタロウデザインはPMBOKで言うところのワークパッケージとステップが明確に言語化されているのに対し、今回使用した資料から読み取った限りにおいては、他の3社は程度の差はあるものの、そこまで細かなワークパッケージとステップの設定は行っていない。

2. セイタロウデザインはブランディングのプログラムに示されたワークパッケージの数が群を抜いて多い。

3. アサツーディ・ケイとエイトブランディングデザインはそれぞれ、自社のブランディングプロセス全体あるいは一部に独自の名称を与え、それ自体をブランド化している。一方、セイタロウデザインは自社のサービス自体のブランディングは行っていない。

 一方で、4社が全く異なった思考や手段でブランディングを行っているというわけでもない。以下のような部分は4社の共通点と考えて良いだろう。

1. リサーチ、言語化、感覚化(*5)という順の3段階で進めているところ。
2. リサーチにおける定性的調査を重視しているところ。


標準的な教科書との比較

 次に行うのは、現時点で最も網羅的な理論書である田中洋『ブランド戦略論』との比較である。田中は同書の「第II部 戦略編」(5章から10章)において、ブランド構築のプロセスを5段階に分けて詳述している。本節では、前節で概観した各デザインファームのブランディング業務のプロセスを、本書で示された学的な知見と対比させながら、特徴を抽出する。


 さて、まず確認しておかなければならないのは、本書が書かれている立場である。

田中はビジネススクールの教員であるため、本書をデザインファームの視点ではなく、企業経営の中でブランドとはどのような意味を持ち、どのような役割を果たし得るのかという視点から執筆している。それ故、本書は「自社のビジネスのなんらかの部分をブランド化するか否か」という意思決定の部分も含めて整理している。これは、ブランド化をする、あるいは既に存在するブランドのリブランディングを行うという意思決定が行われた後に業務が始まることが多いデザインファームを取り上げた書籍群との大きな違いである。

「さらに第3章で述べたように、すべての企業がブランド戦略をとらなければならないということではない。ブランド戦略を採用せずに、プッシュ戦略または営業力、あるいは企業の評判で戦う企業も存在するし、市場の状況によってはこうした戦略が有効なことも確かである。この意味で、ブランド戦略とはあくまでも企業がとりうる1つの活動形態にすぎない。」(田中前掲書、P103.)

こうした前提を敢えて確認した上で、田中はブランド戦略を以下の5つの「フェーズ」に分けて理解し、実践することが必要であると主張している(*6)。

1. ブランドに関する基礎的検討「ブランドを、何をもとにして、どの商品について、なぜ構築するのか」
2. 経営戦略レベル「どこに、どのようなブランドを、どうやって構築するのか」
3. マーケティング戦略レベル「誰に、どのようなブランド価値を、どのように提供するのか」
4. コミュニケーション戦略レベル「そのブランドのメッセージを、どのような顧客に、何を、どのように伝えるのか」
5. ブランド戦略の実行と計画の測定「どのような組織体制で、どのようにブランド戦略を実行し、その成果をどのように測定するのか」


 こうしたフェーズ分類の実務上の有効性について田中は以下のように述べる。

 「なぜ、こうしたフェーズによる分類が必要なのだろうか。
 1つの理由は、ブランド戦略の実践にとって、さまざまな次元を混同せずに進行させることが効率的であるからだ。たとえば、フェーズ2の経営戦略レベルで、どの市場にブランドを構築するべきか論じているときに、フェーズのコミュニケーション戦略レベルであるブランド名についての議論を始めてしまうことは混乱を引き起こす。もう1つの理由は、ブランド戦略を実行しているプロセスにおいて、何か間違いやうまく行かない事態に直面したとき、いつでもどの段階に間違いがあったのかをさかのぼって確認できるためである。」(田中前掲書、P104.)

では、今回比較した四つのファームのブランディング業務の遂行プロセスは、田中が有効性を主張するようなフェーズ分類をどの程度行っているだろうか?

表1の各ファームのワークパッケージに対して行った色分けは、それぞれが田中による5つのフェーズのどれに相当すると考えられるかを示している。ここから読み取ることが出来るのは、以下の諸点である。

1. 田中による五つのフェーズのうち、最後のフェーズである「実行と管理」は、どのデザインファームもほとんど扱っていない。

2. ただし、セイタロウデザインに関しては「実行と管理」に分類されるもの(「ブランド管理講習」)を、プログラム中のワークパッケージとして示している。

3. 「構想」に分類されるものが実施される場合、一連のプロセスの冒頭ではなく、中頃に置かれている。すなわちセイタロウデザインとアサツーディ・ケイにおける「ブランド・プロミス」である(*7)。

4. 博報堂デザイン、エイトブランディングデザインの2社は概ね、田中が示した五つのフェーズの流れに沿ったプログラムを実施しているのに対し、セイタロウデザインとアサツーディ・ケイにおいては、必ずしも田中の提示した流れに沿っていると言い切れない箇所を指摘出来る。すなわちセイタロウデザインの「コンセプト構築」と名づけられたワークパッケージのグループの中には、田中による分類において「構想」「経営」「マーケティング」に含まれると考えられるワークパッケージが1:1:2の割合で混在している。また、アサツーディ・ケイではプロセスの中盤で「ブランド・プロミス」の提案を行っている。

5. セイタロウデザインのプログラムでは、「コミュニケーション」に分類されるワークパッケージが31個中19個と、著しく多い。

【考察】

 本節では、本章において概観したセイタロウデザインの「ブランディングパートナー」事業の標準的なプロセスについて、「何故、そうなっているのか」を加藤、山崎それぞれの立場から考察する。加藤が行うのは第三者の視点からの考察であり、山﨑が行うのは当事者の視点からの考察である。

 なお、セイタロウデザインの用いているプロセスがどのような結果を生み出しているのかについては、本連載の後半において別途検討する予定である。

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前の記事(方法|『透明な好奇心』)はこちら



(*1)1982年生まれ、法政大学経済学部経済学科卒、日経広告賞、日経BP広告賞、日本ユニセフ特別賞受賞。2015年入社。
(*2)セイタロウデザインの社内で用いられているブランディングパートナープロジェクト用の資料。これについては後述。
(*3)ここでは便宜上、PMBOK準拠のプロジェクトマネジメント業務の語彙を流用してセイタロウデザインの業務フローを記述している。実際にこれらの作業がセイタロウデザイン社内でどのように呼ばれ、また認識されているのかは、続く「考察」の節にて検討される。ワーク・パッケージとはプロジェクトの最終成果物を最上位階層に置いた時、上から3番目の階層に当たる。このとき第2階層にはプロジェクト・ライフサイクルの各フェーズが置かれる。ワーク・パッケージとはプロジェクトのあるフェイズの中で実施される活動のうち、それ自体が計画や管理の対象とされうる最も小さな単位である。ワーク・パッケージの下の階層には、例えば「競合商品の情報を集める」であるとか「個別のインタビューを実施する」といった活動(アクティビティ)が配置されるが、それらは単体では計画や管理の対象とされない。セイタロウデザインが今回提案を行ったプロジェクトは五つのフェーズを持つ予測型ライフサイクルを持っていると解釈出来る。(鈴木安而『図解入門よくわかる 最新PMBOK第6版の基本』秀和システム、2018年、PP40-42, 164-166)
(*4)d.d.d.inc.ウェブサイトより。https://www.ddd-brand.jp/about (2021年1月6日閲覧)
(*5)ここで感覚化とは、「見ることが出来るもの」「聴くことが出来るもの」「触ることが出来るもの」「味わうことが出来るもの」「匂いを感じることが出来るもの」へと具体化・具現化(embody)することだけではなく、人が対象物を知覚しているときの感覚器の状態そのものを記述すること(例えば、「ぷにぷにした」「もっちりした」「さらりとした」など)を含む言葉として、仮に用いている。原研哉らが取り組んでいる「ハプティック・デザイン」はこの「感覚化」のプロセスを特に重視したデザイン手法と言えよう。管見の限りでは英語にもこのプロセスに対応する語彙は存在しないが、山﨑の学科の後輩にあたる翻訳家のChloe Wuに上記の意味内容を提示したところ、Tangifyという表現を提案された。これはTangible (触知出来る、実体のある、明確な)な状態に変換するという意味であり、英語を母語とする話者にはおそらく最も伝わりやすいであろう、とのことである。なお、山崎はこのプロセスについて、次のようにコメントしている。
「僕の中では曖昧さを別の社会において機能する曖昧さに展開・翻訳している感覚があります。そして、そのメディウムとして言語があるようなイメージです。社会における、言語も、そして非言語も時代によって身体性が異なるので。今はまさにiphoneもwiiも、身体性を取り戻しているインターフェイスの時代だと感じています。言うなれば、円をドルに変換しているような感じ。あるルールの中で機能する記号としての非言語を、別のルールの中で機能する記号としての非言語に置き直している感覚です。」
すなわち、山崎はリサーチの段階から身体性の領域を重視し、身体感覚を通した経験→言語→身体感覚化(ブランドに相応しい感覚の創造、ブランドに相応しい感覚の収集、およびそれらの感覚のありようのメタレベルでの記述を組み合わせた、感覚領域のパッケージ化)というプロセスを実行していると考えられる。実際、山崎は「例えばホテルだったら実際に泊まってみるとか、化粧品だったら実際に使ってみるとか。自分の体を使って商品や企業の周辺にある感情を取り込んで、その上でデザイン・ワークをするというのはポリシーですね」と語っている(『+81 vol.86』ディー・ディー・ウェーブ株式会社、2020年、PP90-91.)。今回比較対象とした資料ではアンケートやデプス・インタビュー、テクスト分析、参与観察など各種の伝統的な社会調査法を用いたリサーチについての説明が多く見られたが、山崎がここで語っているのは、体感から(社会学や文化人類学の参与観察のように)論理的・客観的な記述のみを引き出すのではなく、自身の主観・感情・身体感覚を敢えて捨象せずに保持し、その後のプロセスを実行しているということであろう。
(*6)田中前掲書、PP105-107.
(*7)セイタロウデザインの社内資料では「ブランド・プロミス」について次のような説明がある。「ブランドが、消費者や社会に向かって誓う約束を明文化します。消費者や社会は、このブランドに何を期待出来るか、社会性や環境視点、企業倫理やコンプライアンスといった視点を鑑み記載します。」(セイタロウデザイン社内資料「Branding Program」P23.) この文言は田中が「ブランドの構想」において例示した「顧客と事業ミッション:誰に対して何をなすべきか」「事業の意味と意義:その事業は社会や生活者にとってどのような意味や意義をもっているのか」に相当すると判断出来よう(田中前掲書、P110.)。今回取り上げるA社の事例でも、セイタロウデザインは「ブランド・プロミス」作りを実施することになっている。

(表1)
 (*1)何をブランド化すべきかの検討プロセスを指す。田中前掲書、P112-115.
(*2)田中前掲書, PP108-109.
(*3)「 「ブランド・テリトリー」(brand territory)とは「ブランドの縄張り」のことであり、ブランドを市場(マーケット)のどこに構築するか、そのブランドを市場のどこで活動させるかを意味している。」田中前掲書、PP125-126.
(*4)ブランドを取り巻く環境の分析のこと。田中前掲書、PP129-138.
(*5)当該ブランドについての事業計画書にほぼ相当するもの。田中前掲書、PP138-142.
(*6)石澤2004, P103, PP113-
(*7)Photo Sortと呼ばれる、人物画像から連想されるブランドを挙げてもらう形の定量的調査などが用いられる。このような定量的調査を用いて、ブランドイメージを数値で表現・比較する。この作業はクライアント企業に、セルフイメージと客観的イメージに落差が存在していることを実感させるのに有効とされる。石澤前掲書、PP123-129
(*8)この本の執筆時点のアサツーディ・ケイではBrand D-Chartと呼ばれるツールを用いたディスカッションを行うとされる。石澤前掲書、P136
(*9)石澤によると、アサツーディ・ケイではこの段階でクライアント企業に新しい「ブランド・プロミス」案を提示するとのことである。石澤前掲書、PP137-142. なお石澤による「ブランド・プロミス」の説明は「企業が生活者、株主、社会、そして実際にその会社で働く社員に対して何を「約束」出来るか」であるが(P39)、その一方でP137で示されたFig15 “Brand Promise”ではVision, Mission, Personality, Core Valueの四つが、Brand Promiseを構成するものとして示されている。このうちブランド・パーソナリティは田中による分類では「コミュニケーション」に分類されており(田中前掲書、P193)、またCore Valueに相当する「ブランド価値プロポジション」(PP160-161)は同じく「マーケティング」に分類されているなど、アサツーディ・ケイにおける「ブランド・プロミス」はかなり広範な意味内容を持つ概念であると言える。
(*10)石澤は「ブランドの風景」「そのブランドに触れることによって、心の中にどんな景色が生まれるのか」という概念を立て、Brandscapeと名づけている。これは田中が用いる「ランドスケープ」とは全く異なる概念であることに注意。石澤前掲書、PP28-29
(*11)ここではBrand Ladderと名づけられた5段階の概念を使用。これは下から順にRational, Priotized Target, Functional Benefit, Brand Personalityの5項目が設定されている。石澤前掲書、P147
(*12)上位カテゴリーを含む当該商品の市場のマクロ分析、既に市場に存在している競合商品のコンセプトの定性的な分析、当該商品カテゴリーに共通するデザインコードの定性的な分析を西澤は「デザインリサーチ」と呼称している。西澤前掲書、PP26-29.
(*13)「フォーカスポイント」とは「「良いところ」と「違うところ」の重なる部分で最も重要なポイント」とされる。西澤前掲書、PP28-29.
(*14)1単語から1文程度を「コンセプト」とし、300-500字程度の「ブランドステイトメント」を添える。西澤前掲書、P29.
(*15)「ブランドコンセプトからデザインをつなぐ”1つのアイデア”のこと」。西澤前掲書、P31.

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