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戦後日本の歩み(第2回 1945年②)

戦後日本の歩みについて、時の内閣総理大臣の演説の中から印象に残るフレーズやキーワード等を拾い、振り返っていきます。その時々で日本が抱えてきた課題、そしてそれを乗り越えてきた国民の努力、未来に向けて挑戦する日本の姿等を明らかにできればと思います。
 第2回は1945年②です。

第89回帝国議会 衆議院本会議 1945年(昭和20年)11月28日
幣原喜重郎内閣総理大臣 演説

世界の人心を制し、国内及び国際関係の羅針盤となるのは、「銃剣の力ではなく、徳義の力と合理的精神の支配」

・今や我が國と聯合國との間に於て戰闘行爲は全く終止することとなりましたけれども、平和の正常關係が恢復せらるるに至るまでには尚ほ程遠い
・自ら正義なり、公平なりと信ずる政策は、飽くまで之を主張すべきが當然の事理でありますが、唯之を徹底する爲に必要なる實質的國力を失つて居るのが現状
固より人類社會には普遍的正義感が儼存(厳存)し、侵し難い輿論の審判權も實在(実在)致して居りませうが、是れさへも終戰に伴ふ世界各國の異常なる世相の下に、未だ活溌には働いて居ない
世界の人心を制し、國内及び國際關係の羅針盤たるべきものは、銃劍の力ではなく徳義の力であり、合理的精神の支配でなければなりませぬ
國民は屈せず、迷はず、終始正義公平の規準に則り、新日本の建設に努力することが我々の進むべき唯一の目標であり、是れこそ我が國運の前途に一條の光明を與へる燈臺(燭台)でありませう

○「衆議院議員選挙法」の改正

・我が國は「ポツダム」宣言の受諾に依り、我が國民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に對する一切の障碍を除去するの義務を負ふものであります、
・我が國民の間に於きまして、近代的民主主義傾向は明治時代から漸次芽生へつつあつたものが、近年反動的勢力に壓せられて、發育を阻止せられて居たのであります、
・我々は今後とも斯かる傾向の發達強化に何等の障碍を來すものがないやうに、特に意を用ひんとするものであります、
・是が爲には、先づ議會をして國民の總意を正しく反映するの機能を發揮し得せしめなければなりませぬ、議會が民意反映の機能を確保せんが爲には、先づ全然自由公正なる選擧に俟(ま)つの外ないのであります、現行の衆議院議員選擧法は此の見地より檢討して、時局の要求に適しない所があると認められますから、同法改正案の準備を急ぎ、之を本議會に提出して御審議を煩はさんとするものであります、今囘本臨時議會の召集を奏請致しましたる主なる理由も亦實に茲に存するのであります

○「教育の刷新」、国民の毅然たる「自由独立の精神」

・次に近代的民主主義傾向を復活強化する根本要件は教育の刷新
・政府は軍國主義及び極端なる國家主義的教育を拭ひ去り、教育の目標を以て個性の完成に依る國家社會への奉仕に置くこととし、特に公民教育の劃期(画期)的振興を期するものであります、
・又申すまでもなく民主主義の基盤となるべきものは國民の毅然たる自由獨立の精神であります、
・今日我が國民の中には物心兩面に於ける最惡條件に壓倒(圧倒)されて、自暴自棄に陷る傾向もないではありませぬ、近來公私の道徳共に著しく頽廢(たいはい)の状があるのを見て、我が國の將來の爲に洵に寒心に堪へませぬ、是は何としても社會教育の刷新強化に依りまして道義の昂揚を圖り(図り)自由獨立の精神と再起復興の意氣込みとを失はないやうに致さなければならぬと考へて努力致して居る次第であります

自由主義の完成は「個人の責任感」に依つて裏付けられなければならない

・政府は組閣以來言論、思想、結社の自由を確保せんが爲に政治的、公民的、宗教的の自由を拘束する各種の法規を撤廢すると共に、特高警察を廢止して、民衆の信頼と協力とを博するに足るべき明朗な警察の運營に付て格段の注意を加へて居る次第であります、
自由主義の完成は常に個人の責任感に依つて裏付けられなければならぬものでありまして、決して放縱無節制の事態を意味するものではありませぬ
公の秩序や、善良なる風俗を紊す(みだす)が如き言論、行動は、當然法令の假借(仮借)する所なき制裁を受くべきものであります

○「国民生活の安定」 食糧問題と農地制度改革

・我が國當面の急務は國民生活の安定であります
・戰爭に因りまして生産力の大部分を消盡(消尽)し、民力も極端に疲弊致して居りまする現状に於きまして、民生の安定には凡ゆる手段を考究し且つ急速度を以て之を實行しなければなりませぬ、
・殊に最も緊切なる處理を要するものは食糧の問題であります、本年の産米は大正、昭和を通じて比類の稀なる大減收を豫想(予想)せられ、現状の推移に委しまするに於きましては洵に容易ならざる事態に立至るものと認めまして、同問題の解決を以て施策の中心とし、凡ゆる努力を集中致して居るのであります、即ち一方に於きましては本年の産米を確保せんが爲め供出制度の改善、米價(米価)の引上等の措置を講じ、又未利用資源の食用化に付ても急速に是が實現を圖ることと致して居るのでありまするが、斯かる百般の國内對策を講じましても、食糧の需要供給間の大いなる不均衡は到底蔽ふべくもありませぬ、其の不足數量の補填の爲には何としても國外よりの輸入に仰がなければならぬのでありまするから、之に關しては聯合國側の同情ある考慮を求めて居りましたる所、今囘原則的には其の承認を得ましたので、今後更に其の具體化に付きまして適當なる結果を得るやう努力する所存であります、他の一方に於きまして我が國は敗戰の結果食糧生産地たる諸方面の領土を失ひ、且つ國内人口の著しき集約を見るに至りましたから、今後の食糧問題は別に根本的解決を圖る必要があるのでありまして、政府に於きましては是が爲め農地制度の改革と、開拓計畫(計画)の實現とを強力に推進致したい考へであります、即ち從來久しきに亙つて農業停滯の因を爲したる現在の農地制度に根本的の改革を加へ、健全なる農家を育成して農業生産力の培養を圖ると共に、大規模の開墾及び干拓を急速に遂行する考へであります、尚ほ水産物其の他蛋白資源の格段なる開發を期して居る次第であります

○戦争による犠牲者の救護、在外同胞・復員者の援護、住宅確保、失業対策

・更に民生の安定上重要なる問題は、戰爭に因る儀牲者の救護在外同胞及び復員者の援護竝に冬期を眼前に控へて生活必需品の補給の問題であります、
・殊に住宅の問題は最も深刻でありますので、簡易住宅の建設、罹災せる堅牢建設物の補修及び工場、寄宿舍、兵營(兵営)等の改修を促進し、又非常措置として住宅緊急措置令の制定に依りまして、住宅對策に遺憾なきを期することと致したのであります、
・朝鮮、臺灣(台湾)、樺太、滿洲等に於ける在住同胞の生命、財産の保障、生活の確保竝に之に伴ふ情報の入手等に付きましては百方力を盡して居りまするが、終戰後に於ける交通連絡の不如意、其の他現地の混亂状態等の爲め、我が目的の達成は事實上容易ではありませぬ多數の在外同胞は洵に同情痛心すべき状態にあるものと想像されますので、何とか速かに改善の實を擧げたく努力を續けて居るのであります、復員者、海外同胞の本國引揚に付きましては、既に南朝鮮、北支那、太平洋諸島等より漸次同胞の歸還を見て居る状況でありますが、是が輸送、受入及び援護に關しましては萬全の措置を講じつつあるのであります、是等軍復員者、海外引揚者竝に産業離職者、其の他終戰に伴ふ失業者は、數百萬に及ぶ厖大なる人員を豫想せらるるのでありまして、是が職業を保障することは極めて緊急且つ切要なる國務に屬(属)するのであります、此の失業問題に付きましては、政府に於て復興に要する土木建築及び農林水産の開發等諸事業の急速實施民需産業の振興各種文化施設の整備充實の措置と關聯(関連)せしめつつ所要の對策を講じて居る次第であります

○「戦災復興院」設置 産業立地・人口配分に関する国土計画

・斯かる民生安定の問題と相竝んで重要なるものに戰後復興の問題があります、政府は曩に戰災復興の諸施策を強力一元的に遂行する爲め戰災復興院を設けまして、産業の立地及び人口の配分に關する國土計畫を、統一ある構想の下に立案すると共に、之を基礎として各都市の再建を計畫し、以て全國に亙つて一億五千萬坪に及ぶ戰災地復興を圖ることと致したのであります

○民間経済人の自由な創意と活発な活動による「産業政策」実施、「労働組合」の健全な結成・活動のための立法

・戰災地の復興は産業の復興に依つて可能となるのでありますが、是が爲には必需品輸入の支拂資金確保に要する輸出産業の發展(発展)竝に國内に於ける民生必需品の増産は極めて緊要なことであります、
・斯かる産業政策は民間經濟人の自由なる創意と、活溌なる活動に俟たなければなりませぬ、隨て是が障碍となるが如き從來の諸統制は事情の許す限り之を廢棄しつつあるのであります、
・併しながら物資の不足甚しく、又戰爭に因る損壞の著しい現状に於きましては、民生の安定を確保し、經濟の再興を促進する爲に、鐵、石炭、纖維品等、産業上又は民生上基本的物資に付きましては、尚ほ相當の統制を必要とするのでありまして、統制は此の種のものに局限し、而も其の統制の實施に付きましても、努めて民間の創意工夫を土臺(土台)とし、其の自治的なる運營に委ねたい方針でありまするが、今後に於ける我が國の産業は、主として中小商工業に依存するものと考へられまするので、國家としても積極的なる指導援助は極めて重要であると考へます、之に對應して、民主主義的に勤勞問題を解決する爲には、勞働組合の健全なる結成、活動は極めて望ましい所でありまして、之に必要なる法令の立案に努めて居る次第であります

○輸送力の増強、通信連絡の復興

・民生の安定と戰後の復興に付きまして、海陸輸送力の急速なる増強と通信連絡の復興は一切の根柢をなすものでありますから、現在許される凡ゆる手段を盡して、輸送通信の力を成るべく高めるやう鋭意努力致して居るのであります、殊に軍の保有に係る自動車は、聯合國軍の好意に依りまして民間に開放せらるることになりましたから、小運送を通じて國土の復興、民生の安定に多大の貢獻を期待し得られましたことは同慶の至りであります

絶対的緊縮方針の断行、物価の安定と財政立て直し

戰後の我が國財政の状態は眞に憂慮すべきものがあります、此の際經濟秩序の破綻を防止し、惡性通貨膨脹の發生を防遏(ぼうあつ)し、以て經濟活動の促進と通貨價値(価値)の安定を圖ることは極めて緊急であります、政府に於ては大幅な行政整理の斷行恩給制度の再檢討、價格差補給金制度の原則的廢止等の絶對的緊縮方針を斷行しますると共に、他面物價の安定と財政の建直しを圖る爲め、一囘(回)限りの財産増加税及び財産税を創設し、以て國債の大幅銷却(しょうきゃく)に充つると共に、戰時利得に因る國民所得の不均衡を正する方途を講ずる考へであります、尚ほ是と照應して軍需企業等に對する補償に付ては凡ゆる角度から愼重に檢討したる上、之を嚴正に處理する方針であります、又臨時軍事費特別會計に付きましては、海外に於ける經理の内容を短期日内に明確ならしむることが出來ない事情等の爲に、是が打切りを實現し得られなかつたのでありますが、終戰事務の進捗に伴ひ、愈愈十二月一日を以て臨時軍事費特別會計の所管を大藏省に移管し、且つ明年三月三十一日を以て其の支出を打切り、同會計を終結せしむることと致した次第であります

○大東亜戦争調査会の設置

・最後に大東亞戰爭敗績の原因及び實相(実相)を明かに致しますることは、之に際して犯したる大いなる過ちを、將來に於て繰返すことのない爲に必要であると考へまするが故に、内閣部内に大東亞戰爭調査會を設置致しまして、右の原因及び實相の調査に著手することと致しました

○官民一体となった旺盛なる建設精神の発揮

・以上施政の大體(大体)に關する政府の所信を述べたのでありまするが、萬世の爲め平和の基礎を固むるやう軫念(しんねん)あらせらるる聖慮に應へ、官民は一體となつて旺盛なる建設精神を發揮せんことを切望するものであります


<補足 主な出来事>

1945年
・3.9~10  東京大空襲
・3.26    硫黄島の日本軍守備隊全滅
・7.26    ポツダム宣言発表
・8.6    広島に原爆投下
・8.8    ソ連、対日宣戦布告
・8.9    長崎に原爆投下
・8.14    御前会議でポツダム宣言受諾を決定
・8.15    天皇「戦争終結」の詔書を放送(玉音放送)
・8.17    東久邇宮内閣成立
・8.18    ソ連軍、千島列島へ侵攻
・8.28    米軍先遣隊、厚木到着
・8.30    マッカーサー元帥、厚木到着
・9.2      ミズーリ号(東京湾上)で降伏文書調印
      ソ連軍、国後島占領
・9.3      ソ連軍、歯舞群島占領
・9.5      東久邇宮内閣総理大臣 演説
・10.4   GHQ、人権指令
・10.9           幣原喜重郎内閣成立
・10.11   五大改革指令
     (①女性参政権の付与、②労働組合の結成奨励、③教育の自由主
      義的改革、④秘密警察等の廃止、⑤経済機構の民主化)
・11.6   財閥解体指令
・11.28   幣原喜重郎内閣総理大臣 演説
・12.17   衆議院議員選挙法(男女20歳以上の選挙権)改正
・12.22  労働組合法公布
1946年
・1.1   天皇の人間宣言
・4.10         戦後初の総選挙


【引用】
・帝国議会会議録システム
・詳説日本史図録第8版(山川出版社)
・標準日本史年表(吉川弘文館)
 ※演説文の前の見出し及び演説文中のふりがなは筆者記載。

【参考】
・総理の演説 所信表明・施政方針演説の中の戦後史(田勢康弘)