ネットワーク理論及び華人/華僑研究に関する日本語論文のまとめ

どうも!
セイタです!!
北京大学修士課程にて社会学を学んでいます。


この記事では、華人及び華僑のネットワークに関して書かれている日本語の論文がどういった論調なのかについてまとめさせていただきます。いろいろ論文を読んでいったのですが、自分が日本語論文を探すのがあまり得意ではない上に、ネットワーク研究に関しては専門外なので、代表的な論文が抜けているかもしれません。その場合はコメントで教えていただけると幸いです。
※「華人」とは中国に出自を持つ移民で居住国の国籍を取得している人です。国籍を取得していない場合は「華僑」となります。



閲読した論文一覧

・呉暁良. 在日中国人留学生のソーシャル・ネットワークとその関連要因[R]. 九州大学学術情報リポジトリ. 2017, 1-202.

・ 陳天璽. 虹のメタファーに見る華商ネットワークの本質[J].アジア研究,2022,48号:37-59.

・劉宏, 廖赤陽:. ネットワーク、アイデンティティと華人研究[J].東南アジア研究,2006年,43卷(4号):346-373.

・ 若林直樹. 組織理論の発展において社会ネットワーク論の与えた新たな視点[R]. 経済社会学会年報,2015,37:38-45.

五十音順


Cinii及びGoogleにて「華人」「華僑」「ネットワーク」という単語を入力し、自分の興味関心に合いそうな論文をダウンロードして読んでいきました。それが以下の論文たちになります。それでは、一つ一つ簡単に紹介させていただきます。






呉暁良. 在日中国人留学生のソーシャル・ネットワークとその関連要因

この論文は九州大学の博士課程の学生の博士論文になります。博士論文を最初に読むメリットとしては、先行研究がきれいにまとまっている可能性が高いからです。もちろんあくまで学生なので、人それぞれなのですが、3~5年といった長い月日をかけて、一つの研究を行うので、場合によっては偉い先生以上に先行研究がまとまっていることがあります。研究内容自体はそこまで面白くなくても自分の興味のある分野の博論は読む価値がある場合もあります。問題は見極めが難しいことですね、、


この博士論文もネットワークに関する主要な論文や概念がまとまっており、その後の研究の糧になりました。


例えば、

五十嵐(2015) はこれまで社会科学者が検討してきたネットワークを3種類にまとめている。すなわち、エゴセントリック(egocentric)、ソシオセントリック(sociocentric)とオープンシステムのネットワークである。パーソナルネットワークとは、人々が繋がっている関係構造の俯瞰的な全体像ではなく、個人を中心として広がっている個々の人間関係の有り様に注目した概念であるとも述べている。ソシオセントリック・ネットワーク(ホールネットワーク)は、「箱」の中のネットワー クである。クラス内の子どもたちのつながりや、組織における重役間のつながりはソシオセントリック・ネットワークである。

p11-12より抜粋
五十嵐祐監訳・C・カドゥシン著(2015)『社会的ネットワークを理解する』北大路書房


本論文p12より


本論文p13より


Bochner et al.(1977) では、友人の国籍によって三つのタイプのネットワーク(mono-cultural networks、bi-cultural networks、multi-cultural networks)があり、それぞれが異なる機能を持つことを明らかにし、留学生の友人機能モデルを打ち出した。“mono-cultural networks”(単文化ネットワーク)は、同じ国から留学している者との間に形成され自文化の価値観を共有する機能を持つ。“bi-cultural networks”(二文化ネットワーク)は受け入れ国の者との間に形成され、勉強や留学に必要な諸手続きをスムーズに遂行する機能を持つ。“multi-cultural networks”(多文化ネットワーク)は他国からの留学生との間に形成されるものでレクリエ ーションの場を提供する機能を持つ。同研究では留学生の多くは、ホスト側の学生との交流が少なく、同国人とのつながりが深いことも明らかにしている。

p14-15より抜粋
Bochner, S., Mcleod, B., & Lin, A. (1977) Friendship Patterns of Overseas Students: A Functional Model. International Journal of Psychology, 12(4), pp.277-294


上記のようにネットワークに関する概念を学ぶことができました。時間があればここから引用元も当たりたいのですが、時間がない場合はザクッと概念の理解だけにとどめておきました。


博士論文の本来は最も重要な箇所である実際の研究の部分はあまり興味がなかったので、流し読みにとどめました。なので、この博論には1時間強しかかけていません。




若林直樹. 組織理論の発展において社会ネットワーク論の与えた新たな視点

この論文はPowellやGranovetterのような社会学の視座から理論の構築を試みた大家の理論をわかりやすく紹介してくれています。


まず、Powellの理論を以下のようにまとめてくれています。

表1のように、市場や階層組織などの取引ガバナンスの形態と対比すると、
社会ネットワークによる経済的交換のガバナンスは、水平的、互酬的な関係を特徴として、分権的な意思決定を行う。そのために、市場によるスポット的な短期取引や垂直統合による大企業内部の長期的取引関係よりも効率的な取引が行える場合があるとした。

p40より抜粋
Powell, Walter. W. 1990. “Neither Market nor Hierarchy: Network Forms of Organization.” Research in Organizational Behavior, 12, 295-336.


p40より引用




また、50年前の研究ではありますが、非常に有名な「弱い靱帯の強さ」といった研究も紹介しています。

Granovetter(1974) の研究は、転職に対するビジネス・パースンのネットワークの効果であり、「弱い紐帯の強み」という傾向を発見した。

p41より抜粋
Granovetter, Mark. S. 1985. "Economic Action and Social Structure," American Journal of Sociology. 91,(3) 481-510.

Granovetterはあまりにも有名なので、英語でしたが元の論文も読んでおきました!!



さらにバートの2つのネットワークのパターンについても紹介しています。

第一は、「橋渡し型社会関係資本」であり、広域に広がるネットワークにおいて関係の薄い主体の間を結合するブリッジ型紐帯が有する効果である。第二に、一定の範囲の主体感を強く結合する「結束型社会関係資本」である。これは、一定の狭範囲で、頻繁に直接相互に資源や情報を交換し合っている関係であり、相互に価値や文化、共通の情報、知識を深く共有する関係であり、同質化を進める。

p41-42より抜粋
Burt, Ronald S. 1992. Structural Holes, Harvard University Press.
安田雪訳,2006、『競争の社会的構造:構造的空隙の理論』新曜社


p42より引用


華僑の例でいえば、後者の結束型関係資本がより当てはまりそうだなと個人的には感じていました。このようにネットワークの理論について少しずつ理解を深めていけています。



劉宏, 廖赤陽:. ネットワーク、アイデンティティと華人研究

この研究は一種のまとめ的な論文だと思うのですが、少し文章が読みづらかったので流し読みしました。ただ、この論文を通して、日本の華人研究の大まかな潮流への理解が深まりました。


まずこの論文は以下のスタンスで書かれています。

我々は国家と社会,市場と文化,組織とネットワーク,フォーマルとインフォーマルなどある一つの範疇における二者択一の一方を強調することに固執するのではなく,またそれらを,こちらでなければあちらを,と見なすような二元対立的なゼロサムゲーム(Zero-Sum Game)とするのでもなく,これらの互いに依存し続ける要素の相互交錯と相互関係の構造と条件に関心を払おうとしている。

p348より抜粋


そして、ネットワークという概念に関して以下のような批判を挙げています。

1. 必ずしも学術的ではなく,むしろ現実的な考察から出発しているものであるために,拡張主義の連想を引き起こすことを懸念し,できるだけ華人ネットワークの存在を否定するか,或いはその機能を低く評価する。

2. 明確な境界画定の分析枠組みを欠いているため,ネットワーク自体が常に曖昧模糊として,ある種共通の認識を有する理論の枠組みを形成することが困難である。

3. 少なくとも華人ネットワークを一つの理論と方法として特殊化する理由はない。

4. 人間関係,社会構造,行為モデル,或いは文化・アイデンティティ・市場の内在機能について過度に力説し,国家・制度・法体系等のネットワークを制約する外在環境を見落とす傾向にある

p352-353より抜粋

自分の理解でいえば、ネットワークという柔らかい捉えどころのない概念をより固定的に確固としたものとして捉えることでが誤った結論を見忌引き出してしまったという批判だと思っています。



そして、ネットワークの媒体としては

血縁,地縁,行縁及び神縁,学縁など各種の紐帯は集合の重要な媒体であると考えられている。

p358より抜粋

上記のように様々な属性をまとめて理解しているようです。



 陳天璽. 虹のメタファーに見る華商ネットワークの本質

この論文が華人・華僑ネットワークの研究の上では最も代表的な論文だと感じられました。いくつか論文を読んでいたのですが、この論文が何度も繰り返し引用され、参考文献に載っていることも多かったです。


内容としては、以下のようにそもそも華商ネットワークの実存についての考察から始まります。

華商ネットワークが実在するということを前提としており、その存在の有無について問われることは極めて少なかった。華僑・華人が有する、家族主義、「信用(xinyong)」、「関係(guanxi)」、礼、仁などのさまざまな価値観は彼らの行動規範であり、そのような彼らの生活様式が外部の者によって華商ネットワークと見られたものと考えられる。移民としての背景を持っている華商が、彼らの持つ世界観や倫理精神、そして経済合理性を基に相互扶助を行っていたことが、意図せざる結果として、観察者によって、華商ネットワークと捉えられたものと考えることができる。

p38より抜粋




その後、虹のメタファーにより、華商ネットワークの本質に迫ります。

華商ネットワークは本来、華商が意図的に作ったものではなく、虹が自然現象であるのと同様に、移民した華商たちにとって、それはごく自然な生活習慣であり、あるいは当然持っている社会的な繋がりであった。

p39より抜粋



そして、7色の虹と同様、華商アイデンティティの多源性として、以下の7つの要素を見出しています。

1, 居住国との繋がり
2, 「中華」文化との繋がり
3, 出身地の繋がり
4, 「家族」の繋がり
5, 出身校の繋がり
6, 同業者の繋がり
7, 信条、趣味そして余暇の繋がり
 

p39-45より抜粋

この論文でも地縁及び血縁にとらわれない幅広い華僑及び華人の在り方について書かれています。




そして、最後に、華商の強さについて以下のように語っています。

華商のユニークな特徴は、彼らの移民としてのバックグラウンドのゆえに内在する、少なくとも二つ以上の国家、社会、文化との深い関わりから派生する、異質なものに対する高い適応力と柔軟性にある。そして、こうした柔軟性に付随してくる多種多様な繋がりが、彼らのネットワークを形成している。

p54より抜粋




まとめ

簡単にまとめると、
・前半二つの論文がネットワークに関する理論のまとめ
・後半二つが華僑・華人研究に関するまとめ

となります。


理論に関しては、「エゴセントリック(egocentric)」、「ソシオセントリック(sociocentric)」、「ネットワークガバナンス」、「弱い靱帯の強さ」、「橋渡し型社会関係資本」、「結束型社会関係資本」などの理論を学ぶことができました。


華人研究に関しては。陳天璽の論文を通して観察者のバイアスのかかり方についてを、劉宏, 廖赤陽を通してネットワークという概念の操作について知ることができました。






なので、大まかな概念を理解することができたといえるでしょう。
本記事は一旦、以上とさせていただきます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。


以下の記事ではより実証的な研究にフォーカスを当てて、研究内容を整理していきます。



また、以下のマガジンでは、華人や華僑に関して書かれた様々な記事を掲載しています。記事の内容としては非常にライトな体験談のようなものから実際に華人へのインタビューや本や論文などをまとめたものといったヘビーなものを想定しています。


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