♯8「陰陽道」から考える“この世の真理”
人間には動かしがたい「陰陽」の働きが森羅万象に存在する
●兄・前誠 埼玉県にある上原寺(じょうげんじ)の副住職兄弟ふたりで、お坊さんならではのディープな話題をお届けしていきます。私が兄の仁部前誠(ぜんじょう)です。
○弟・前叶 弟の前叶(ぜんきょう)です。突然ですが、“この世の真理”というと、皆さんは何を思い浮かべますか?
●前誠 怪しいセミナーか(笑)。
○前叶 導入がスムーズ過ぎたかな(笑)。「生老病死」と言われるように、何か命が生まれれば、死ぬということが決まっていますよね。これって仏教が示した真理の一つで。
●前誠 「始まりがあれば終わりがある」的な。
○前叶 そう、それすごく大事。対をなしているという考え方がね。生や死は「絶対不変のことわり」なんだけど、私たちは科学や医学の進歩著しい現代に生きていて、あえてどこかそれを遠ざける生活をしている。そんな生活って、不自然だなと私は思っていて。
●前誠 その不変のことわりを見えづらくしているところはあるかな。
○前叶 仏教では「生まれれば死ぬ」いうことを定義づけていますが、私たちが死を意識しないで暮らしていける生活は、先人たちの血のにじむような研鑽と死屍累々の上に成り立っていて。
●前誠 なかなか重々しい前段になりましたが(笑)。
○前叶 「生と死」以外にも、例えば「天と地」「男と女」「太陽と月」のように、森羅万象に相対するものが存在するという考え方は、「陰陽思想」と言われています。「陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ずる」という言葉や、陰陽を表した太極図などは有名ですね。
誰もが生まれたら必ず死を迎えるように、陰陽の作用は、私たちが動かせるものではない。でも死んだ人はもともと、生きていた。そして子々孫々、命はつながっていく。
●前誠 うんうん。
○前叶 この思想はすごく大事だと思っていて。「星まわり」の回でも触れたけど、陰陽の思想は仏教だけでなく、神道、道教、儒教、あるいは暦などに深く関わっていて、日本の文化や指針に影響を与えている。記紀(古事記と日本書紀)にも見られますし、私たちが思っている以上に陰陽道は私たちの生活に根ざしています。
実はかなり遅咲きだった安倍晴明
○前叶 この陰陽道を使って平安時代にひときわ異彩を放ったのが、かの天才と呼ばれた陰陽師の安倍晴明で。
●前誠 野村萬斎じゃないんだ(笑)。
○前叶 映画ではそうだね(笑)。
●前誠 そもそも陰陽師って何をする人なの? 業務内容は何なのかな。
○前叶 陰陽師はお坊さんとか神主みたいな宗教家だと思っている人が多いんだけど、実際はそうではなくて、官職。いまでいう宮内庁の職員みたいな。当時は陰陽寮(おんようりょう、おんようのつかさ)という省庁のような機関があって、そこで暦を作ったり、天体の運行を見て飢饉や地震の観測をしていたと言われています。
●前誠 気象庁みたいな?
○前叶 そういうのも含めて、国家の参謀というか、参与人のような。
●前誠 行く末を占うコンパス、羅針盤的な役目。
○前叶 そうそう。その技術として陰陽道があって、そこで大活躍したのが安倍晴明なんですね。天才で若い頃からバリバリやっていたイメージがあるかもしれないけど、実は日の目を見たのは40歳くらいと言われていて(諸説あり)
●前誠 遅咲きだったんだね。
○前叶 清明が少年のころから、師匠だった賀茂忠行(かものただゆき)が彼の才を見出して、知識や技術を彼に託したと言われているんだけどね。血筋や家柄が重視されていた平安の世にあって、母親が誰なのかすらわかっていなかった清明に、名門の賀茂家がすべてを託そうとしたくらい、清明の力はずば抜けていたという。
●前誠 そもそも、賀茂忠行のそばにいられたのも奇跡だよね。
○前叶 そうだね。清明は才能に溢れていて、キリがないほど逸話があるけど、社会に認められたのは中年以降だったし、出世したら出世したで貴族から嫉妬されたり…
●前誠 かなりの苦労人だった。
○前叶 うん。この人のことを知ると、日本の文化の礎がよくわかってきます。七曜の成り立ちをはじめとし、晴明のような陰陽師たちが残した功績は非常に大きい。それくらい陰陽師はリスペクトするべき存在というか。
●前誠 もっと知りたくなったなあ。
○前叶 これをしっかり伝えようとするととても長くなるので、ぜひ興味のある方は調べてみてください。
陰陽道的な考えから見えてくること
○前叶 万物流転、森羅万象の陰陽は、あらゆる事象の根本思想だよ、ということを話してきたけど、それをどう日常生活に落とし込むか。
●前誠 どう捉えるかが重要だね。
○前叶 人間、生きていれば一筋縄では行かないことも多くて。
●前誠 本音と建前、表もあれば裏もある。
○前叶 うん。日常生活で本音や建前に苦しむ人っていると思うんだよね。「こうでなきゃいけない」とか、よく言われるけど。私がこの話をした理由はそこに詰まっていて。陰と陽、表と裏をもっと認めていいんじゃないかなと。
●前誠 なるほどね。物事を一元的にではなく、もっと立体的に見よう、ということかな。「光が当たるところがあれば、陰もある」みたいな。それは外せないところで、確かにこの世の真理だよね。その前提を踏まえて、人間の営為を重ねていこうと。
例えば、すごくクリーンな人の裏側を見たがる人は多いけど、そういうのもあって当然だよね。
○前叶 どれだけ頑張っても、それを認めない人はいるし、妬む人やひがむ人もいる。でも、何事も表裏があることはしょうがないという風に多面的に考えられる心があると、現代に生きる私たちにも救われる部分があるんじゃないかなと思います。
●前誠 明日は明るい日と書きます。皆さまの明日が明るい日となりますように。
○前叶 合掌。