養性訣08

眠りすぎの江戸の人から、睡眠不足の現代人が学ぶこと - 養性訣解説08

今回の養性訣解説は「睡眠」について。睡眠というと、現代では睡眠不足が問題になることが多い。

一方で、江戸時代の養生書である『養性訣』では、睡眠不足よりも、過眠の害を説いている。恐らく江戸時代は、慢性的な睡眠不足の人は、現代よりもはるかに少なかったのだろう。

では睡眠不足の現代人は、眠りすぎの江戸時代の人から、何を学び取ることができるのだろうか。まずは睡眠の役割についての部分を読んでみよう。


眠りは心身の疲れを癒やし、眼の食事である

【原文】
眠は眼の食と古人も言(いえ)ば、かならず貪(むさぼり)りて過度(すごす)ことなく、よく其則(そのほど)を定(たてて)、寝(いねる)ときには、よく精神の安定(おちつく)やうにして、心身の老倦(つかれ)を補(やすむ)べきなり。

睡眠は身体だけでなく、心の疲れを癒す役割もあると考えられていた。「眠りは眼の食」という古人の説も引用され、眠りすぎを戒めているとはいえ、睡眠そのものはやはり重要なものとする。ただむやみに睡眠を削るのではなく、適切な時間とるべきだということだ。

また、質の高い睡眠を取るために、寝る前には精神を落ち着かせるとある。これについては、著者の平野重誠は、別の著書でその方法を解説しており、養性訣』解説の第2回でもすでに紹介した。

次は過眠の心身への影響についてみてみよう。


眠りと食の不摂生は、五十歳以降に影響が出る

現代においても、過眠が特定の病と関連があるということはわかってきているようだ。睡眠負債という言葉が流行るきっかけにもなった『スタンフォード式 最高の睡眠』(西野精治著、サンマーク出版)にも、認知症と長時間の昼寝の関連性を指摘するデータが紹介されていたことから、知っている方も多いだろう。

ただ、過眠は病の前駆症状として出る可能性も考えられ、それが特定の病の原因だとは断定できないとも言われている。いづれにせよ、はっきりとわかっているのは、「過不足なく」が最もリスクが少ないということだ。

では、『養性訣』には過眠は人体にどのように影響を及ぼすと説明しているのだろうか。著者の平野重誠は、過眠と過食は深く関係すると考えており、両者の不摂生による心身の乱れについて、以下のように述べている。

【原文】
よりて食眠の多少は、相離(あいはなれ)ぬものなることを、よくよく明(あきら)むべきことなり。よく此二事を調停(ととのへ)ぬものは、假令(たとへ)いかなる才徳の人なりとも、智慮漸(だんだん)に昏闇(くらく)なりて、病苦もまた従(それにつれ)て起るか。または其年壮(としわか)なるあひだは何の事故(しさい)なきも、頒白(ごじゅう)以後精気のやや衰る頃に至て、必(かならず)重患(たいびやう)に係(かかり)て治すべからざるか。または老耄(ろうもう)するか。或は卒病(にはかやまひ)にて死を招(まねく)ものなり。

睡眠と食の不摂生は、若い時にはあまり影響が出なくても、50歳をすぎるあたりから影響が出てくるとのこと。大病にかかってしまったり、認知機能に影響が出たり、突然死と関係するという。

少し大げさな気がするので、そこまで怯える必要はないと思うが、実際に睡眠の乱れからの回復は、若い時の方が早いのは確かだ。健康管理のために、40歳を過ぎるくらいから睡眠には気を配りたい。20代の、あの無理がきいた頃にはもう戻れない。

冒頭で紹介した、「眠りは目の食」という古人の説は、眠りは目の食事なので、過度にとり過ぎないようにすべきだ、と主張するために引用されている。睡眠も食事同様に腹八分目がよい。


過眠によって血液が頭部に留滞してしまう

【原文】
およそ、人の睡眠裏(ねむるうち)は、血を頭上に輸(はこぶ)こと多く、腠理(はだへ)の守衛(まもり)空疎(うとく)なるが故に、横臥(よこにねる)こと久(ひさしき)に過て覚ざるときには、漸(だんだん)に上実(じつ)して下虚(きよ)し、頭部壅塞(つまり)て、身体の諸液(うるほい)自(しぜんと)稠濁(ねばこく)なりて、心識(こころもち)も従(それにつれ)て愚蒙(おろか)になりゆくものなり。

睡眠時は、血液が頭部に運ばれる。現代的に言うと、眼だけでなく、脳を養うとも解釈できる。

ただ、睡眠は長ければ長いほど、頭部を養うわけではない。過度に眠りすぎると、頭部に血液がのぼったまま停滞し、淀んでしまう。頭部に血流が集中し、全身にまんべんなく血液がめぐりづらくなるため、体の潤いも悪くなり、精神にも影響が出てしまうようだ。


睡眠時間はどれくらいがよいのか?

ここで適切な睡眠時間について確認しておこう。これについては、大規模な調査が可能になった、現代の基準の方がはるかに参考になるだろう。

「アメリカ国立睡眠財団」(NSF)では、推奨される睡眠時間を年齢別に発表しており、26歳から64歳までの場合は、下限は6時間をきらない方がよく、過眠については、10時間以上が非推奨とされる。

つまり、6時間から9時間くらいの範囲内で、日中にひどい眠気を感じなければそれでよい。7時間は絶対に寝なくてはなどといった、固定値はないので、自分に合った睡眠時間をみつけるとよいだろう。その日の体調や、季節によっても、ベストな睡眠時間は変わるはずだ。

現役世代の方は、過眠になることはほとんどないので、とにかく下限である6時間以上の睡眠時間は確保したい。


2時間は2ヶ月

【原文】
また、この二事をよく調停(ととのへ)ぬる人は、貪眠者(ねむりずきなるもの)の一と月を以て、吾(われ)に於ては二た月の得力(とくぶん)あるべし。たとえ日に一時の得力(とく)ありとも、これを一歳(いちねん)に通計(さんよう)すれば、三百六十時。もつて二た月の昼に當(あた)るべし。これを生涯に数(かぞう)れば、その裨益(とくぶん)また洪大なりとす。

過眠の戒めは心身の健康のためだけでなく、事を成し遂げるために必要になる。惰眠をむさぼらず、2時間早起きすれば、1年積み重なると、日中の活動時間の2ヶ月分に相当するとある。2ヶ月も時間が増えるのであれば、色々なことができる。

ただ、これも現代人の場合、睡眠時間を削ることにもつながってしまうので、帰宅後に時間に余裕がある方だけ、いつもより早く床について、その分早起きするとよいだろう。しかし江戸時代の養生書は意識高い系だなぁ。

睡眠不足の現代人は、過眠に気をつける必要はほとんどない。今回学んだ中で、最も気をつけたいのは、睡眠の不摂生は、今すぐに影響が出ないとしても、50歳をすぎるあたりから身体に不調をきたすということだ。

無理がきくからといって、自分の体力を過信せず、若い内から睡眠はしっかりと取るようにしたい。


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【原文の完全版はこちら】
家庭の東洋医学で随時更新中。

【今回読んだ部分】
巻上十一から巻上十四
底本:平野重誠『養性訣』(京都大学富士川文庫所蔵)
凡例:第1回目の解説最下部


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