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小説『空生講徒然雲21』

東京タワーの足下から宙空へ私の頭から発射された『?』の雲がぐいいいんと伸びて電線をつかまえた。そこからまず私と青猫タルトが逆バンジージャンプをした。くるんと1回転して「とうっ」とどこまでもつづく日本中に張り巡らされた電線の末端に立った。「みやっ」青猫タルトも私のま隣に立った。
私はリアム•ギャラガーのように手を後ろで組む。そして、いつものように軽く数回のヘッドバンキングの予習と復習をする。首を痛めないように。私流のよくやるヘッドバンキングのストレッチだ。
息を吸いながら「予習うぅ」と頭をそり上げて、息を吐きながら「復習うぅ」と前方に倒す。だんだんバンクが大きく激しくなっていく。
「復うぅ習ううぅっ」、私は東京タワーの端の電線からあらん限りの力でヘッドバンキングした。『?』の雲は釣竿と釣針が一体となって那智の滝のように下方へ広がりながら落ちてゆく。東京タワーの足下では雲海のような釣針がカワサキW650とヤマハSR400に跨がる女を包み込む。
「予おぉ習ううぅっ」、今夜の釣果は充分だった。

電線の上には2台のオートバイに跨がる男と女と青猫がいた。
ヘッドバンキングのせいで風が巻いている。ヘルメットはない。二人の髪はぐしゃぐしゃに乱れていた。私は、この電線上からは落下することは決してないとシマさんに伝えると「ほんとに?」とおそるおそる電線の下の世界を覗いていた。
「大丈夫です。ヤマハSR400にはいのちが宿っています」
「タンッタタン」、ヤマハSR400もうれしそうだ。シマさんを乗せて一緒に目的地までツーリングしてくれます。『AKIRA』の鉄雄みたいにずっと腕を組んだままでもいい。そう、伝えた。
「デコスケ野郎の?」、読んだことはない。けれどSF漫画の古典として、その知識はあるようだ。抑えるべき所は抑えているところがいい。ギャグが辛うじてつうじるていどのカルチャーが、御師と行者の通底にながれていることが確認出来たのはいいことだ。一緒にツーリングをするのだから。

御師として必ず空生講行者に訊かなければならないことが二つあった。だいたいの本籍の場所と、すきな花だ。
本籍は「東北の、たしか岩手だとおもう」と、シマさんは言った。こんな偶然があるのか。「ほう」、賢いシマさんなら、もう、気づいているだろうから前もって言っておいても構わないだろう。
「この空生講徒然雲くそこうツーリングは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のオートバイ版だと思ってください。鉄道の代わりに電線を走りますが」
「はい、わかります」
「御師は、ライダーの魂を鎮める役目を務めています。だから、銀河鉄道のように、胃から小腸を通り、大腸をぬけて、肛門を目指す旅をします」
「はい、わかりますけど。だったら最初から銀河鉄道の夜で説明してもらったほうが、ロマンチックだったかも」
「そうですか?」
「絶対そうです。つぎの方からはそうしてあげてほしい」、そういうものか。考慮に値する意見だ。私は御師として、もの生む空の世界をよりよい世界にしたいのだ。ライダーたちの最後のツーリングなのだから。
「岩手だったら、偶然ですが、行き先は『種山ヶ原』です。すきな花は決まりましたか」
「はい。すきな花は、藤の花です」
「畏まりました」






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