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【風力発電所計画】に翻弄される【いわき市遠野地区】

再エネ普及の陰で深刻な地域分断

 いわき市遠野町で進められている風力発電所設置計画をめぐり、住民が賛成・反対で真っ二つに割れている。原発事故の被害を受けた福島県で、再生可能エネルギーの普及が重要課題なのは言うまでもない。しかし、それによって地域が分断され、住民が対立するようでは本末転倒だ。

 遠野町は、いわき市の中心市街地から西に約16㌔、阿武隈高地南部の東斜面に位置する。周囲を標高700㍍前後の複数の山々に囲まれ、石川郡古殿町と隣接。遠野和紙などの伝統産業が残る農山村のまちで、今年1月現在の世帯数は1765、人口は5084人となっている。

 そんなのどかな遠野町に「巨大な風車」が建てられようとしている。場所は標高706㍍の三大明神山と標高768㍍の鶴石山を結ぶ尾根一帯約427㌶で、そこに9基の風力発電施設が設置される計画。県に申請している事業名は「(仮称)三大明神風力発電事業」という。

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 事業者は㈱ユーラスエナジーホールディングス(東京都港区、稲角秀幸社長、資本金181億9920万円。以下ユーラス社と略)。同社は風力・太陽光発電事業を行うため、豊田通商が60%、東京電力ホールディングスが40%出資し2001(平成13)年に設立された。

 ユーラス社のHPによると、これまでに世界13カ国で風力・太陽光発電事業を手掛け、操業中の設備容量は計約290万㌔㍗に上る。日本では、同社の前身企業が北海道苫小牧市で国内初の大規模風力発電所を設置したのを皮切りに、33の風力発電所と9の太陽光発電所を運営している。県内では、いわき市と田村市にまたがるエリアでユーラス滝根小白井ウインドファーム(2000㌔㍗×23基)が2010(平成22)年12月に稼働。このほか太陽光発電所が3カ所ある。

 三大明神風力発電事業は当初、2100㌔㍗の風車を17基(計3万5700㌔㍗)設置する計画だった。その後、ユーラス社では住民との協議などを踏まえ、風車の数を9基に減らしたが、逆に1基当たりの出力を約4000㌔㍗に増やしたため、全体の出力はほぼ変わらず、むしろ風車の巨大化を招いた。

 ユーラス社では現在、環境影響評価(環境アセスメント)を行っており、県や経済産業省に必要書類を提出し、双方の審査会から意見聴取されたり助言を仰ぐなど、設置に必要な手続きを粛々と進めている。

 そんな動きに反発するのが「遠野町の環境を考える友の会」(以下「友の会」と略)の東山広幸さん。東山さんは北海道出身で、同町に暮らしながら有機農業を行っている。『有機野菜ビックリ教室』(農山漁村文化協会)などの著書もある。

 「私は再エネ自体に反対しているわけではありません。しかし、三大明神風力発電事業は土砂災害と沢水汚濁をもたらすリスクがあり、ここに暮らす者として到底認めるわけにはいきません」(東山さん)

 東山さんによると、三大明神風力発電事業の予定地は国土交通省のハザードマップで「土石流危険渓流」(土砂災害危険個所)に指定されているという。

 国交省のハザードマップを確認すると、確かに予定地は、土石流危険渓流であることを示すオレンジ色で塗り潰されている。また、そこから集落に向かう沢や斜面は黄色や赤で筋状に塗り潰され、そこが土砂災害警戒区域や土砂災害特別警戒区域に指定されていることを示している。

 要するに、山の上(予定地)で災害が起きれば、そこから下(集落)に向かって被害が拡大する恐れがあることを、ハザードマップは物語っているわけ。

 念のためいわき市のハザードマップも確認すると、予定地自体は危険個所に指定されていなかったが、三大明神山から集落へと続く沢や斜面は土砂災害警戒区域や土砂災害特別警戒区域に指定されていた。同山から各警戒区域までの距離は2~3㌔で、水や土砂は「上から下」に向かって流出することを考えると、東山さんが「集落に危険が及ぶのではないか」と心配するのはもっともだ。

 「近年は雨の降り方が異常で、昨年10月に発生した台風19号のような大型台風が再び襲ってこないとも限らない。山の土砂災害はいつ起こっても不思議ではないのです」(同)

 東山さんが強く懸念するのは、今はバランスが保たれている山の状態が、風車という人工物が複数建てられることでどのような影響が出るのか、ということだ。

 「三大明神風力発電事業は1基当たりの出力が大きいため、風車の規模も通常より大きい。高さ140㍍で、羽の直径は80㍍にも及ぶため、予定地に運ぶには新たに搬入路を整備しなければならず、それによって山のバランスが崩れるリスクもあるのです」(同)

 それに伴うもう一つの懸念が、沢水汚濁だ。

 実は、遠野町は上水道がほとんど整備されておらず、多くの世帯が山から流れてくる沢水を生活用水として利用している。そうした中で風力発電所が設置され、万が一土砂災害が起きれば沢水が汚濁し、生活用水として利用できなくなる恐れがあるという。

 「沢水が使えなくなったら多くの世帯が日常生活に不便を来すし、一度濁ったらいつ元通りになるかも判然としない」(同)

 もし機材の搬入中や工事中に土砂災害が起きたら、油等が漏れ出し、沢水に混入する可能性もある。そうなったら、いつ汚濁が解消するか見当もつかない。

区長会が勝手に賛成!?

 東山さんと一緒に反対運動を展開する「友の会」の佐藤吉行会長も次のように話す。

 「私は長年コメづくりをやっているが、雨が降ると必ずと言っていいほど田んぼに砂が流れ込みます。私が子どものころ、周辺の山に林道がつくられたが、砂はそこから雨水を伝って流れ落ちてくるのです。山事情に詳しい人によると、この辺りの土質が影響しているそうです。今はその程度で済んでいるが、もし風車が建てられたら流れ落ちてくるのは砂だけでは済まないかもしれない」

 危機感を覚えた東山さん、佐藤さんは、風力発電所設置に反対する仲間と遠野町のほぼ全世帯を訪ね、設置反対の署名を集めた。その結果、8割を超える住民が反対の意思を示したという。その後、署名集めはもう一度行われたが、反対の割合は変わらなかったという。

 一方、各世帯を回ってみて、風力発電所計画の存在を知らない、あるいはよく理解していない住民が多いことも痛感。東山さんと佐藤さんはユーラス社の動向や計画の進捗、「友の会」の活動内容を伝えるため、B4判カラーのチラシを定期的に発行し、新聞折り込みなどで配布している。この間、チラシは十数回発行、費用はすべて〝自腹〟だという。

 「いわき市や県には反対署名を提出したほか、ユーラス社に中止を勧告することを求める陳情も数回行っています。また予定地は国有林で、同社は国有林を管理する林野庁関東森林管理局に貸し出しを求めているため、同管理局にも貸し出さないよう申し入れをしています」(東山さん) ところが、そんな活動の裏で昨年6、7月ごろ、地元区長会から計画に賛成するという内容の同意書がユーラス社に提出された。これに基づき、県や経産省の審議会や関東森林管理局は「住民の合意が得られた」と解釈、計画は設置に向けて動きつつあるが、東山さんと佐藤さんは、

 「遠野町の8割を超える住民が反対しているのに、区長会で勝手に賛成し、それが『住民の総意』と受け取られるのは納得がいかない」

 と強く憤るのだ。「勝手に賛成」とはどういう意味か。

 「三大明神風力発電事業に関わる行政区は深山田、上根本、下根本、入遠野一、入遠野二の五つです。しかし、これらの行政区では賛成するか否かについて、住民を交えた話し合いを行っていない。行政区として賛成するというなら役員会を開いたり総会に諮るのが当然ですが、それもやっていない」(東山さん)

 要するに、各行政区とも反対者が多いと分かっているので、一部の人たちで勝手に賛成し、同意書を提出したのではないか、と。

 同意書はいつの間にか提出されていたため、東山さんも佐藤さんも、それを知ったのは1、2カ月経った後だったという。分かって以降は、同意書の内容を知りたいと区長会に再三開示を求めたが、

 「もう少し待ってほしいとかユーラス社に原本を渡して手元にないとか、言い訳ばかりでなかなか見せてもらえなかった」(東山さん)

 佐藤さんもこう話す。

 「ようやく見せてもらった内容は区長会として同意するというものでした。私たちは区長会を敵に回すつもりはないが、8割を超える住民が反対している以上、区長会として取るべき行動は『住民側に立つこと』ではなかったのか。事業者側に立って同意したのは残念でなりません」

〝地元ファースト〟は当然

 遠野区長会長を務める折笠強さんに同意書を提出した経緯を尋ねると、次のように答えた。

 「昨年春ごろ、関係する五つの行政区に対し、住民の意向を確認してほしいとお願いしました。意向確認のやり方は各行政区に委ねたが、総会を開くなり、協議の場を設けるなどして賛同が得られたものと理解しています。民主主義を逸脱するようなやり方はしていないと思います」

 ならば、8割を超える住民が反対署名を書いた事実は、どのように解釈するのか。

 「区長会としては『守る会』がどうやって署名集めを行い、どれくらいの人が反対署名を書き、どこに反対署名を提出したか等々、詳細を把握していないので、コメントするのは難しい」

 東山さんらは土砂災害と沢水汚濁を強く懸念しているが、その根拠となっている前述・国交省のハザードマップに折笠さんは疑問を呈する。

 「国交省のハザードマップは予定地を含む山全体をオレンジ色で塗り潰しているが、あれではすべての山が危険になってしまう。一方、いわき市のハザードマップは危険個所が詳細に示され、予定地は危険個所に該当しておらず、こちらの方が信用に値します。私から言わせれば『守る会』は設置阻止のため、危険を殊更あおっているだけではないのか」

 そのうえで、折笠さんは「われわれも安易に同意したわけではない」と断言する。

 「同意に当たっては県内と新潟県の風力発電所を視察し、近隣住民からも話を聞きました。それを踏まえてユーラス社に要望を伝えた結果、当初計画より風車の数は減り、風車と民家との距離も離されたのです。低周波音による健康被害が報告されていることも承知しているが、われわれとしては少しでも不安が解消されるようでき得る限りの努力をしています。区長会として〝地元ファースト〟は当然の考え方です」

 折笠さんが抱くのは「このまま何もしなければ遠野町は廃れていく一方だ」という危機感だ。

 「遠野、田人、三和、川前の4地区は中山間地域で、それぞれ風力発電所設置計画を抱えているという共通点があります。4地区は過疎が進み、小中学校の統廃合や高齢者の交通確保が課題となっています。また後継者不足で、所有する農地や山への課税や相続に悩んでいます。そこで、4地区では清水敏男市長に『風力発電施設に係る住民の安全・安心の確保について』『中山間地区存続のための新たな地域振興策について』という要望書を共同提出しています。また、風力発電所が設置・稼働する際には、地元、事業者、市による三者協定の締結を求めています。地元と事業者だけを当事者にするのではなく、そこに市も入ることで、全体で風力発電を推進するとともに、万が一トラブルが起きた際には市も解決に関与することを明確にする狙いがあります」

 なるほど、区長会としてもそれなりの理由に基づいて同意(賛成)した様子がうかがえる。

 しかし、それが「遠野町の将来を考えての決断」というなら、なおのこと同意書提出に当たっては、五つの行政区とも最高の意思決定機関である「総会」にきちんと諮るべきではなかったのか。やるべきことをやらず、多くの住民が同意書を提出したことさえ知らない現状は「やましいことがあるから公表できない」と疑われても仕方がない。

 いわき市環境企画課は、地元が賛成・反対で割れている現状を次のようにとらえている。

 「風力発電は、自然環境に与える影響や低周波音による健康被害などが懸念されています。市としては事業者に対し、懸念材料を取り除く一方、住民に丁寧に説明し理解と協力を得てほしいと要請しています。現在、市内には八つの風力発電所設置計画があるが、三大明神風力発電事業は環境アセスが最終段階に入るなど最も進んでいます。実際に稼働されれば地元、事業者、市の三者で協定を結ぶことを検討しています」

法律・規制がない弊害

 一方、ユーラス社の広報担当者はこうコメントしている。

 「風力発電は環境に優しくないという指摘があることは承知しています。低周波音による健康被害については、因果関係は見られないとする論文もあり、また個人差もあるので何とも言えないが、環境アセスで騒音調査を行っており、それを踏まえて影響が出ない対策を講じていきます。遠野町に対する地域振興策が何になるかは、風車が稼働していないので分からないが、一般的には建設工事の下請けやメンテナンスといった仕事の創出や地域への寄付などが考えられます。住民の8割超が反対されているとのことですが、当社ではその根拠を把握していません。逆に区長会からは設置に関する同意書をいただいています。しかし、だからと言って当社は反対意見に耳を貸さないということではなく、皆さんの理解が得られるよう真摯な対応と説明を尽くしていく考えです」

 とはいえ、どうしても設置したい事業者と絶対反対の住民が見解を一致させるのは難しく、妥協点を探るのも容易ではないだろう。

 本誌昨年10月号で須賀川市の丘陵地で計画されている風力発電所の行方をリポートしたが、そこでも指摘したのは風力発電所を規制する法律がないという問題点だ。例えば風車と民家の距離は最低何㌔離すとか、周辺住民にはこうやって理解を求めるとか、健康被害への対応等々が法律に明記されていればトラブルは減るのに、現状は事業者任せになっている。

 法律がないから行政も強制力を伴う指導ができない。国(経産省)は電気事業という位置付けで各種申請を受け「トラブルは極力回避しなさい」という程度の指導にとどまり、県も環境影響評価に基づき「○○を求める」と意見を述べるだけだ。

 原発事故の被害を受けた福島県において、再生可能エネルギーの普及は重要課題だ。しかし、普及を急ぐあまり、予定地周辺の住民が不幸になっては本末転倒だ。法律がなければ、内堀雅雄知事が先頭に立ち「福島方式」と呼ばれる独自規制をつくればいい。事業者任せでトラブルは見て見ぬフリ、そのくせ声高に脱・原発を叫ぶのは虫が良すぎる。

 遠野町の住民は、対立したくて賛成・反対に分かれているわけではない。どちらも地域のことを思い「これからもここで平穏に暮らしたい」と考えている。法律がないせいで再エネ普及という〝美名〟のもと、地域や住民同士の関係が歪められてしまう状況は、あまりに不幸だ。


※遠野町ではアカシア・リニューアブルズ㈱という会社も風力発電所設置に必要な環境アセスを進めているが、住民説明会における初期対応の不手際から住民の強い反対を受けている。さらにここに来て、採算面に問題があるとして中止・撤退の可能性が浮上している。


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