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西部劇の黒人版リミックスなんて、思ってもらっちゃ困る! ジェイ・Zプロデュース、映画『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール:報復の荒野』

2021年10月に一部劇場で先行公開されていた映画『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール:報復の荒野』がネットフリックスで配信開始されました。ショーン・カーター、つまりラッパーのジェイ・Zがプロデューサーのひとりとしてクレジットされるこの作品は、中心となる登場人物がベテラン&旬のブラック・アクターたちで占められていることでも話題。当然ながら、ジェイ・Zが手掛けた音楽も聴きどころ満載です。どうやら、のっけからノックアウトされたようすの音楽評論家、藤田正さんに話を聞いてきました。
(※トップ画像はYouTube オフィシャル予告編から)

ハリウッドが歴史から消した、伝説のブラック・カウボーイ&アウトローに光を当てる

藤田 いやぁ、なんともカッコいい映画だよね~。

――とにもかくにも、撃ちまくる! 超娯楽活劇です。

藤田 主役のナット・ラブを演じるのはジョナサン・メジャーズ(メイジャーズ)。彼はNetflixで2020年に配信された『ザ・ファイブ・ブラッズ』(スパイク・リー監督)で頼りなさげな青年を演じていたけど、この映画では非情な荒くれ者を見事にこなしてて驚きました。彼と手を組む保安官が『ザ・ファイブ…』で共演したデルロイ・リンドーで、ふたりの再びのタッグも見もの。

――敵役のルーファス・バックはイドリス・エルバ(予告編のトップにいる人物)です。

藤田 オレと同じくらい、死にカッコいい! 彼は刑事もののテレビ・シリーズ『ルーサー』(2010年~)から好きだった。西アフリカ系の血筋の人です。

―― ・・・(無言)。いや、確かにイドリスはかっこいいですが! 彼はイギリスを代表する名優で、過去には『マンデラ 自由への長い道』でネルソン・マンデラを演じてます。Netflix『コンクリート・カウボーイ:本当の僕は』のお父さん役も印象的でしたね。

藤田 若手の注目株では、『ユダ&ブラック・メサイヤ』の裏切り者役でオスカー候補になったラキース・スタンフィールドなんかも登場してる。彼は、織田信長に重用された実在の黒人侍がモデルのNetflixアニメ『YASUKE-ヤスケ-』で主人公、弥助の声を担当した。注目を集めるほどに、顔も引き締まって、いい味だしてるよねぇ。

――女性陣では、目ヂカラがハンパないレジーナ・キング。彼女は俳優としてはオスカーを受賞し、今年配信されたアマゾン オリジナル映画『あの夜、マイアミで』ではメガホンもとりました。

藤田 女の悪党、これが映画の大ポイントのひとつ。で、これをプロデュースしたのが、人気ラッパーであり、実業家のジェイ・Zである、と。(※ショーン・カーターはジェイ・Zの本名)

――そうそうたるメンツにクラクラしますねぇ(涙目)。

藤田
 で、Netflixがなんで、黒人スターだらけのこの西部劇を21世紀の2021年につくったのか、ということになるよね。問題は。

――はい、そこを解説してください。 今年はカウボーイ映画がなにやら流行りみたいで、クリント・イーストウッド監督・主演の『クライ・マッチョ』や、ジェーン・カンピオン監督『パワー・オブ・ザ・ドッグ』という作品も話題です。

藤田 いいことを指摘してくれた! イーストウッドといったら、『荒野の用心棒』(1964年)『夕日のガンマン』(1965年)、そして自らが監督、主演してアカデミー作品賞、監督賞をかっさらった『許されざる者』(1992年)など、西部劇の申し子のような人物。その彼に代表されるように、西部劇は一般的には白人の専売特許だと思われてるじゃない? 

あんなものは嘘っぱちだってことは、今では日本でも知られるようになったけど、この朽ちた常識を完璧にひっくり返して、主要登場人物がぜ~んぶブラックだというところが深いジョークであり強い批評です。台詞もよく書けていて、たとえば、物語が本格的に始まる前の悪党どもの黒人英語での掛け合い(殺し合い)の洗練や、レジーナ・キングが「N」って発音を耳にしたとたんにその白人の蒸気機関士を撃ち殺すシーンなど「やるやる!」って思ったね。黒人版『ワイルド バンチ』(サム・ペキンパー監督、1969年)が始まるゼ、です。

――そのレジーナ登場の場面、何て言ってるんですか?

藤田 Netflixは英語の台詞も読めるから、ぜひ活用して欲しいんだけど、レジーナが機関士を殺したあと、相棒のラキース・スタンフィールドが「こいつ(機関士)は、(列車を止めてしまった)あんたにバカ(nincompoop)って言おうとしてただけなんじゃないか?」と語ります。黒人が、わざわざニンコンプープという古い言葉を持ち出して、白人によるニガー発言を否定してみせるその一瞬に、ぼくはこの映画のすべてが読み取れたように思った。レジーナはラキースの発言に応じて、「あたいらwe」はバカでもないし、だいたいが「あいつらthey」があたいらに「N」で始まる言葉を使えば、あいつらの運命は決っているのさと、呪いの言葉を吐くわけです。かっちょえー! 

19世紀後半、西部フロンティアを開拓し、アメリカという国をつくったのは俺たち、白人だ!という物語は、ハリウッドの隆盛とも呼応して、1950年代~70年代にかけて盛んにつくられました。まあ、イーストウッドが活躍するのはマカロニ・ウェスタンだから、建国神話を背景としたアメリカの伝統的西部劇とは異なるけれど、メイン・キャラクターは白人であることに変わりはない。

――建国神話が背景の西部劇というのは、白人が言う「未開人」=先住民を蹴散らし、町をのっとるアレですね。

藤田 そう。そんな、ハリウッド的西部劇には、黒人カウボーイはほとんど登場しません。そこに異議を唱えるのが、『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール:報復の荒野』なんです。映画は、“While the events of this story are fictional... These. People. Existed.”(この物語はフィクションである。しかし登場するのは――実在した人物たちだ)という言葉で幕を開ける。登場人物は、実在した黒人の伝説的カウボーイやギャングに由来しているんだ。

例えば、主人公のナット・ラブは奴隷として生まれたけど、その身分が解放された後、馬を操る巧みな技を武器に大金を稼ぎ、のちに"デッドウッド・ディック "と呼ばれる悪名高いカウボーイになった。一方の、ルーファス・バックは黒人とネイティブ・アメリカンのカウボーイで構成されたルーファス・バック・ギャングを率いた人物。黒人と先住民の血を引いてる。10代の若さでアメリカ政府からネイティブ・アメリカンの土地を奪い返すためにギャングを結成したそうだ。

ついでに、ナット・ラブの仲間、ビル・ピケットは、元奴隷の家に生まれた黒人とチェロキー族を祖先にもつカウボーイであり、ロデオパフォーマー。彼は角を使って牛を地面に叩きつける「ブルドッグ」を考案したことで有名。いまも彼の名を冠した大会があるよ。

――以前のnote(下)で触れましたけど、そもそも最初のカウボーイは元黒人奴隷だった。実際、カウボーイの4人に1人が黒人(&有色人種、先住民)だったそうですね。「cow boy」は牛追いを仕事とした黒人を侮蔑的に呼んだ言葉でもありますしね。

藤田 そう。だから、Netflixが描くのは、黒人や先住民などカラードのカウボーイ。ジェイ・Zを筆頭に、豊かな才能をもち、社会的地位も名誉も手に入れた黒人たちが集まって、自ら稼いだ金を資本に、彼らの歴史を語り出した。ハリウッド的西部劇では、開拓時代の勇者は常に白人であったわけだけど、今こそ、隠されてきたブラックの英雄たち、「真の立国者」を語ろうや!ということなんでしょう。

――だから、これだけのスターたちが顔をそろえているんですね。本作の制作会社が、ウィル・スミスのOverbrook Entertainmentというのも納得です。最強のバックアップ体制がある。ブラック・セレブリティたちのコネクション、恐るべしです。

藤田 ジェイ・Zの妻、ビヨンセが2021年夏に発表した新コレクション「IVY PARK Rodeo」もカウボーイをテーマにしてたし、これから、黒人たちによる歴史の問い直しにいっそう拍車がかかるだろうね。

フェラ・クティも登場! 注目の劇中歌

――さて、本作はジェイ・Zが監督のジェイムズ・サミュエルとともに手掛けた音楽も聴き逃せません。ローリン・ヒルという懐かしい名前も見えますが、藤田さんのご感想は?

藤田 ローリン・ヒルを懐かしい、とは思わないけど、まぁ国際的な芸能界とは一線を画している女性だからね。ローリンがうたってくれたこともそうだけど、この作品は音楽映画でもあるんだよね。映画全体の音楽的な色合いって、イギリスを軸とした「レゲエ&西アフリカ音楽」です。だいたいが監督のジェイムズ・サミュエル(Jeymes Samuel)って、イギリスでThe Bullittsと名乗って優れた映像と音楽を提供してきた人。彼の家系はナイジェリア&アフロ・ブラジル、ね。彼の兄貴って、シール(Seal)だって知ってた?

――おお! 映画『バットマン フォーエバー』の「キス・フロム・ア・ローズ」のシールですね。サントラでも「エイント・ノー・ベター・ラヴ」をうたってます。

藤田 だっからyoh、彼とサミュエルとアメリカン・ヒップホップ界の頂点に立つジェイ・Zが組めば、そりゃあかっこいいっしょ! 資本金もたくさんあるし、面白い映画になるに決まってるさ~(笑)。

――サントラには入っていませんが、藤田さん、むちゃくちゃ興奮した曲があるとか?

藤田 音楽方面からすれば、この映画は2曲に象徴されるんです。ひとつは、レゲエ系。なによりダンスホール・レゲエのバーリントン・リーヴァイによる「ヒア・アイ・カム」です。映画ではサミュエル監督がリミックスを担当してる。この曲調とリズムが、これまでのウェスタンとは決定的に違う全体的なノリとイメージを作り上げています。

――そして?

藤田 フェラ・クティですね。映画の宣伝が始まった時点から、ナイジェリア社会の超問題児であったフェラ・クティの重要曲がイメージとして使われていることに強く惹かれていました。

Let's Start · Fela Kuti

――フェラ・クティって「アフロ・ビート」を創出した人ですが。

藤田 『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』でも書いたけど、フェラ・クティはアフリカ~黒人問題って何かを歌を通じて徹底的に追求した人物なんですよ。その原点とも言える1曲が「レッツ・スタート」。めちゃくちゃダイナミックなこの録音を制作したのがドラマーのジンジャー・ベイカー。そう、エリック・クラプトンとのザ・クリームでロックの金字塔を創造した人物です。フェラやリーヴァイの歌は、いわゆるハリウッド的な西部劇には絶対登場しないものだし、それを映画全体イメージの基軸として選んでいるところに新感覚の表現があると思います。 

――「レッツ・スタート」は、映画の一番いいところ、つまり女ふたりの決闘のシーンで使われて効果的です。白人の西部劇では、男の帰りをただただ待つ妻とか、カウボーイとの戯れを楽しむ娼婦とか、女は典型的な描かれ方しかしませんけど、この映画ではブラックのオンナたちも闘う! これ、映像にビタッとはまってました!

藤田 そうです。一般的な西部劇のリミックス?なんて思ってもらっちゃぁ、困るんだよね。で、最後に一つ、言い残したことあるよね。

――映画の最初の部分に出てくる列車(路線)の名前ですか?

藤田 そう。列車には「C.A.Boseman」って書かれているよね。昨年(2020年)8月に、若くして亡くなった名優&ヒーローの、チャドウィック・ボーズマンの本名が「Chadwick Aaron Boseman」。この列車を見ながら、レジーナが、屈強な仲間の男たちに向かって「おまえら(その黒い)顔を見せてやれ」と言うシーン。制作陣全体の思いが炸裂している「ほんの一瞬」の場面だと思いました。

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