見出し画像

衝撃の死から24年。いま明かされるBiggieのすべて。『ノトーリアス・B.I.G. ー伝えたいことー』:Netflix

Netflixオリジナル ドキュメンタリー『ノトーリアス・B.I.G. ー伝えたいことー』が配信開始されました(2021年3月1日)。1997年の、彼の死から24年。早速、視聴したという音楽評論家の藤田正さんに話を伺いました。
※トップ画像はオフィシャルトレーラーより

Biggie: I Got a Story to Tell | Official Trailer | Netflix (日本語タイトル:『ノトーリアスB.I.G. ー伝えたいことー』)

藤田 ビギー、大好きだった。1997年に誰かに殺されたラッパーだけど、この3月9日は彼の命日。配信開始は命日にあわせたんだろうね。たった24年の短い生涯だった青年です。いかにもニューヨークの、スラム出身の、薬物の密売でぎりぎり生きていたような黒人青年。ラップをはじめとする黒人のストリート・カルチャーが好きだったら、ビギーを嫌いになんかなれないんですよ。「ストリートのまんま」で大スターの階段を登っていった人だから。彼はラップが上手かったというのは当然としても、そのスタイルがラップ初期とは異なるものだったから、一気に注目された。

――西海岸の大スターだった2パックとは、かなりの確執があったと聞きましたけど。

藤田 2パックとは仲が良かったんだよね。でも、ある事件がきっかけになって、激しく敵対するようになった。ラッパーは必ずといっていいほど地元の仲間と共にコミュニティ(共同体)を形成するから、誰かと仲が悪くなると、対立は背後に控える地域のワルとも関わり、冗談じゃすまないレベルに発展することがある。「東と西」にわかれてやりあった、その頂点にこの二人がいたわけ。2パックが何者かに殺されたのが、1996年9月13日。25歳だった。2パックの短い人生を追った『オール・アイズ・オン・ミー』(2017年)や、彼らの殺害事件を追ったシリーズ『UNSOLVED:未解決ファイルを開いて』(2018年)といった作品もネットフリックスにあります。

――ネットフリックスは、黒人系の映像作品、それもラップ系はかなりコンテンツが充実してますね。 

藤田 ぼくは以前からそのことに注目していて、日本のメディアへずっと発信していたわけです。今、ブラック・ライヴズ・マター運動の影響もあったのか、ようやく日本でも知られるようになってきた。一つ言いたいのは、今回の『ノトーリアス・B.I.G. ー伝えたいことー』が、その他とちょっと異なるのは、あくまで地元主義だってことです。地元ブルックリンで彼が何をしていたかが、このドキュメントの中心になっている。この通りの角を曲がったら誰の家があって……とか、細かい。細かいから巨漢ビギー君の人となりが浮き上がる。ブルックリンの路上でラップ合戦をやる、有名かつ貴重な過去の動画も入っているけど、「ああ、これぞニューヨーク・ラップ!」だもんねぇ。感動です。

――晩年は「ノトーリアスRBG」として知られた、ルース・ベーダー・ギンズバーグ合衆国最高裁判事も、ビギーと同じブルックリンの出身ですね。 「ノトーリアス(=悪名高い)」は彼に由来するとか。そして、藤田さんはB.I.G.よりも、さらに以前のラップの現場を見ているわけですよね。

藤田 ぼくはサウス・ブロンクス。ラップ発祥の地で、1970年代に。でも「匂い」がまるで同じ。

ニューヨーク・ラップはカリブ海音楽の親戚

――藤田さんは、かねてからラップはカリブ海音楽なしには生まれ得なかったと言っていますけど。

藤田 だって親と子の関係だもん。ラップやブレイク・ダンスが生まれたニューヨークのサウス・ブロンクス地区って、書籍『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』でも書いたけど、ジャマイカやプエルトリコなどのカリブ海からやってきた人たちがすごく多い。ラップ~ヒップホップの土台を作った人たちって、カリビーンやカリビーンの家系の子どもたちばかりです。

――クリストファー・ウォレス(ビギーの本名)のルーツもジャマイカ。

藤田 そう! 映画では彼のお母さんがいい話を聞かせてくれるけど、ジャマイカンならではの独特の英語が最高。お母さん、かつてのパートナーとの初デートで映画『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』(1972年)を観に行ったそうです。

――ジミー・クリフ主演の、レゲエを世界に紹介した実録ものですよね。

藤田 そう!(ver.2) お母さんはことあるごとに故郷ジャマイカへビギーを連れて帰っていたというし、ビギーの音楽的土台はジャマイカ音楽(レゲエやDJスタイル)と切り離せない。

――いちど聞いただけではわからないけど、彼の独特のラップ・フレーズやリズムの取り方とか。

藤田 はいそうです。一つ映画でちょっと注意してほしいのは、お母さんが「カントリー&ウェスタンが好き」と言っているところです。これは有名な白人音楽のことじゃない。ジャマイカの地元(カントリー)の音楽を指している。スウィートなレゲエ、ラヴァーズ・ロックとも言うけど、その手の楽曲のことを言っておられる。息子のビギーは、歌詞は死と隣り合わせの緊迫した人生をテーマにしながら、バックのサウンドは甘くメローなものが多かった。映画は、これをジャマイカ文化と照らし合わせている。なかなかの構成です。

――サックス奏者のドナルド・ハリソンとの交流もあったそうですね。

藤田 これは知らなかった。ドナルド・ハリソンって、ニューオーリンズ出身の素晴らしいプレイヤーだけど、若いビギーに音楽家としての可能性を感じていたとは、驚きだった。

Biggie: I Got a Story to Tell | Biggie’s Jazz Influence | Netflix (ジャズの、ビギーへの影響を描くシーンをフィーチャーした予告編)

――ビギーのラップ・スタイルには、ジャズの古典的大物たち、アート・ブレイキーやマックス・ローチのドラミングとか、レナ・ホーンの歌唱とかが関連していると。『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』でフィーチャーした人たちが、ずらり並んでいて、私は驚きました。

藤田 そうなんだよね。ラップとジャズは関係ないと、勝手に決めつけてしまうメンタリティこそがダメなんだと思う。そういう意味でもビギーの突然の死は、本当に残念だった。1994年の超バカ売れデビュー・アルバムが『レディ・トゥ・ダイ』。死の直後に発売されたアルバムが『ライフ・アフター・デス』(1997年)。みんな死を語り、みんなその通りに死んでいく。「おれら、どうして、こんな社会に生まれたんだ?」という強烈な怒りが、ブラック・ライヴズ・マター運動にはり付いていると、ビギーの映画を観ながら、また改めて思いました。

アルバム『Ready To Die(レディ・トゥ・ダイ)』プレイリスト

2パックの自伝映画『オール・アイズ・オン・ミー』は2021年3月3日現在、ネットフリックス、アマゾン・プライム・ビデオ、YouTubeなどで視聴可能です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?