見出し画像

民研歳時記<第2回>民俗学とフィールドワーク

 大正7年8月15日は、柳田國男らによって、日本で初めての合同村落調査が開始された日です。

 大正7年8月15日~25日、新渡戸稲造、柳田國男を中心とした郷土会によって、日本で初といわれる合同村落調査が神奈川県津久井郡内郷村(現相模原市)で行われました。
 前回の民研歳時記では、柳田國男とその学問を、大きな視点から眺めましたが、今回は、実際に民俗学の調査ではどんなことが調べられているのか、といったことをお話ししたいと思います。

よくあるご質問

 民俗学研究の花形は、なんといってもフィールドワーク(以下、民俗調査)ですが、そのお話しをする前に、これから民俗学を学んでみたい中学高校生から、民俗学研究所に最もよく寄せられる質問に答えておきたいと思います。
 それは、「民俗学(成城大学の場合、文化史学科)に進んだら、妖怪のことを研究できますか」というものです。
 結論からいうとできますよと答えるようにしていますが、第1回を読んでいただいた方には分かるように、「妖怪も」材料にできますというのが本当のところです。
 現在の民俗学で行われている妖怪研究は、妖怪話や妖怪にまつわる世間話などを調べ、その背景に見え隠れする社会や文化を研究する「口承文芸」研究や、妖怪を題材に町おこしを行っている地域の地域研究など、妖怪の話が行われる理由や意義などが研究されています。
 妖怪が好きで民俗学に興味を持っていただいた方にも、妖怪について調べることが最終目的ではなく、それを出発点として、様々な民俗に興味を持ってもらえたらと思っています。

民俗調査って何するの?

 大学の民俗学の授業では、今まで積み上げられてきた研究成果を座学で学ぶとともに、新たな疑問をもとに、民俗調査を行います。民俗調査では、一つの地域に実際に足を運び、その地域の民俗を採集(聞き書きなどをしてまとめ、資料を作ること)します。
 東京や大阪などの大都市から離れた地方や離島などに出向くことも多いですが、現在では、都市民俗、現代民俗という新たな視点から、村落共同体に限らず、現代の新しい生活や新たなコミュニティなどを対象とするようにもなってきています。

 オーソドックスな民俗調査では、次のようなものを採集します(上野和男他編『民俗調査ハンドブック』吉川弘文館 昭和49より)。
 1.村落組織、2.家族と親族、3.生業、4.衣食住、5.民具、6.民家、7.人生儀礼、8.信仰、9.芸能、10.口承文芸、11.民謡、12.地名。
 例えば1.村落組織では、村の家々の配置を見て、どういった身分の人が何処に住んでいるかを調べたり、寄り合い(町内会の会合のようなもの)の行なわれる時期や内容を聞き取りしたり、村全体で行う仕事や行事、その決定方法、等々をまとめ、村と個人がどのようなかかわりを持っているのかといったことを調査します。
 また、8.信仰では、村で祀られている神や仏にどのようなものがあって、祀りを行う単位(個人、家、一族、集落、複数の集落等々)はどういったものかなど、祀るようになった背景や、神や仏の存在がどういった時に表に出て来るのかといったこと。神社や仏閣に祀られるもの以外に、信仰されているものにはどのようなものがあるのか(妖怪も信仰の対象?)。などを調査していきます。

 また民俗学の重要な要素の一つで、上記の様々な分野について調査し、一つの地域についてまとめたものを「民俗誌」といいます。民俗調査の目的は、この民俗誌を作成することにあります。
 全国各地の民俗学者によって作成された民俗誌をもとに、複数の地域の民俗を比較し、地域の特徴や日本人全体に共通する傾向などを分析していくのが民俗学です。
 また、全国の民俗誌を参照しながら自分の調査する地域の民俗を解明することにも利用されます。

民俗調査はどうやるの?

 大学の調査実習の授業では、複数の学生が同じ地域に調査に入り、それぞれ割り振られたテーマについて、地域のインフォーマント(情報提供者:民俗学ではそこに住む一般の方々)から話を聞きながら調査報告をまとめていきます。また、卒業論文の作成などでは、一人でも調査を行います。

 地域に調査に入ると、まずインフォーマントを探します。調査実習などでは、先生によって最初のインフォーマントが用意されていることもありますが、そうでない場合は、自分で見つける必要があります。
 親戚や知り合いの住む地域であれば、調査に入りやすいですが、そうでない場合は、はじめの一歩に苦労をすることもあるでしょう。良いインフォーマントを見つけるのも調査の技術の一つといわれます。村の古老と呼ばれるような古いことを良く知っている方を紹介してもらったりして、話を聞いていきます。

 予備調査などで、役場の方や、知り合いのつてから事前にお話をうかがえる人を手配しておくのが一番ですが、はじめて調査に入る地域では、飛び込み調査となることもあります。
 村に調査に入るにあたって、比較的参加が容易なものに、祭りの調査などがあります。「見学」だけであれば、ごく一部を除いて断られる祭りはほとんど無いでしょう。しかしながら、民俗学の調査ですから、聞き書きを中心に進めていきたいものです。オススメなのは、祭りの準備をしている所にお邪魔することです。
 祭りの準備そのものを見学することができるのに加えて、祭りの準備は祭り当日に比べると、調査地の方々にもまだ余裕があります。作業中「身体は忙しいが、口は空いている」人も多く、その人の相手をするために集まった方々もいて、話を聞かせてくれる可能性が高くなります。調査上手であれば、こういった人に案内してもらって、その日のうちに祭り当日の流れなども聞いておくことができます。
 祭り当日は地域の方々が忙しいようであれば、挨拶と見学だけさせてもらって、後日改めて詳しい話を聞きに訪れると良いでしょう。
 何度も調査地を訪れるうちに、顔も広がり、より深い話を聞けるようになっていきます。

 調査に入るにあたって、常に心に止めておいていただきたいのは、あくまで我々民俗学者は「旅人」(第1回参照)であり、自分の調査のために、地域の方々のお邪魔をし、作業を止め、好意に頼って自分の知りたい情報を語ってもらう立場だということです。
 インフォーマントが忙しそうであれば、お邪魔にならないように、隅で作業を見させてもらうくらいが良いでしょう。もちろん、一言お声がけをして許可を取ることは必要です。

民俗調査の楽しみ

 こういった調査の経験は、民俗学者の仕事の中では、自治体の市史編さん事業などで活かされています。市町村史の民俗編を作るさい、合同調査が行われて民俗誌が作成されます。
 フィールドワークは民俗学の最も基礎となる仕事であり、最も楽しい部分ともいえます。調査地で出会う方々の生き方は、学問としてだけでなく、自分の人生にも様々な刺激を与えてくれますし、調査地で出会った人々との縁は、一生ものとなることもあるでしょう。それらへの恩返しとして、研究成果を調査地に還元することも民俗学者の大事な役目です。


最後に私の調査の経験から一つお話しします。
 遠野の鹿踊り(ししおどり)を見学に行った折、行政の情報で確認した日程が、村の都合で一週間変更となっており、目的の鹿踊りが行われていないということがありました。
 仕方なく、他の集落で当日鹿踊りを行っている地域がないか、遠野市内を車で走っていたところ、幟の立ててある神社を発見しました(祭りの当日には集落の神社に幟を立てたり、開始時に花火を打上げたりするので、祭りの目印となります)。そこで、車を降りて神社周辺を歩いてみたところ、茅葺の大きな家に大勢が集まって食事をしているところに行き当たりました。
 縁側越しに家主の方に、鹿踊りを見に東京からきたこと、予定変更で見られなかったこと、この地域の鹿踊りは見られるかといったことを聞くと、「午前中で終わっちゃったよ、残念だったなあ、まあせっかくだから一杯飲んでけ」というお返事が返ってきました。その時は、車だったので、丁重に辞退して、後日お話をうかがう約束をし、次の地域へと向かいました。
 こんなのが民俗調査です。

この記事が参加している募集