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敬われたくば智慧を見せよ。

 日本の高齢化率は28%を超え、「超高齢社会」の定義である21%どころの騒ぎではありません。 

 65歳以上を高齢者と定義したとき、日本国民の28%が高齢者であるという驚異的な数値です。

 齢80や90を超えるドライバーの起こす交通事故が世間を騒がせて、振り返ると国会議事堂の議席も古の大樹が蔓延っています。


 戦後の混乱期に始まったとされる「敬老の日」は、そもそも「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」という主旨だったそうです。
 姥捨山の逸話では、老婆は智慧を発揮したからこそ皆に認められた点を忘れてはいけません。

 仏の教えが時間を経て真意を失い形骸化し、遂には何も残らない末法の世に至るように、世はまさに敬老末法ともいえましょう。

 高齢者を軽視し排斥しようとする若者たちと、なんと無礼な最近の若者は…と返す老人たち。互いに啀み合う醜さたるや、地獄絵図かと見紛います。

 敬意の強要など滑稽で笑止。

 仁を失い形骸化した儒教は逝ってよし。
 

 私を敬え、なんて末期の独裁国も笑うでしょう。敬われたければ、敬われる理由が必要です。重ねた年齢が飾りでないのなら、幾星霜の智慧を人々に還元していただきたいと私は思います。


 役に立たない老人は見捨てよ、という意図はありませんが、国たる組織が提供する安全な生活を享受するならば、自身の価値を発揮されたい。

 さらば自然と敬意も集まりましょう。

 そんな敬老の日。悪しからず。



 拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくはこの国の行く末が、あたたかいものでありますように。




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