『やさしくなりたい』
斉藤和義さんの歌を聴いていて、ふと気付いたことがあります。作り手の意図とは違うかもしれないけれど、自分の状況が変わったことで歌詞の印象が変わることを経験しました。
家政婦がミタだった頃、私は単純に「振り出しに戻ったのはマイナスだけど経験値が残るからまぁ良いんじゃない」くらいに捉えていました。ローグライク系のゲームのように、ロストしてもプレイヤーの記憶は残ります。進めばプラス、戻ればマイナス。当時そこに疑う余地はありませんでした。
ところが先日、流れてきたこの歌を聴いたとき、ふと思いました。
経験値にも振り出しにも言及してねぇ。
「君」のいう「良かった」は「ひとつ進めた」にかかっています。これはどういうことでしょうか。
前に進むのが当たり前な社会。
戻ることよりも怖いのは、そこから一歩も動けないことかもしれない。
動けない貴方がサイコロを振ることができて、ひとつでも進めたら見える景色も変わるでしょう。
振り出し(原点)に戻った方が、却って忘れていた大切なことを思い出せるかもしれません。
初心、忘るべからず。
格言として残るほどに、ヒトは忘れる生物です。
春、時計の針が動き出す季節。
忘れ物はありませんか?
拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、貴方がそのサイコロを振ることができますように。
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#とはいっても立ち止まるのが必要なときもあります
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