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非結核性抗酸菌症とは何か

 抗結核薬の開発によって多くの肺結核が治癒するようになった現代日本ですが、薬剤耐性や感染率の観点から、まだ終わった感染症とはいえません。これに乗じて台頭してきたものの話をしましょう。

 結核菌と似て非なる奴らがいます。

 これらは非結核性抗酸菌(nontuberculous mycobacteria: NTM)と呼ばれ、自然界に存在する数百種類のうち、ヒトに悪影響を及ぼす十数種類が重要です。通常ヒトからヒトには感染しないと言われるNTMは土壌や水場に生息していて、ヒトの肺に侵入すると其処に棲みつくことがあります。

 自然に治ることもあれば、ずっと感染している場合もありますし、徐々に進行して命の危険に至る場合もあります。菌の種類と個人差の極めて大きい疾患が、非結核性抗酸菌症(NTM症)です。

 そもそもNTMの多くは感染力も毒性も弱く、日常的に吸い込んだところでなんともありません。多くの研究結果によって、感染や病状を規定するのは、菌よりも宿主側の問題が大きいことが示唆されています。それは概ね個人の免疫力の問題と考えて差し支えないでしょう。

 症状があったり、画像所見が悪化したりする場合、治療を考えます。NTM症の標準的治療は抗菌薬の多剤併用療法です。3種類以上の抗菌薬を少なくとも一年以上継続することが基本で、生涯にわたる治療も稀ではありません。医者からは「完全には治らない病気」と説明されるでしょう。


 印象的な三名の患者さんとの出会いをお話ししましょう。

 一人目は特殊な菌種のNTM症と診断を受けた貴婦人で、治療方針の相談を兼ねて私の外来に紹介受診となりました。文献的に有効性を期待しうる抗菌薬を選択し開始しましたが、激しい副作用のため治療中止を余儀なくされました。あんなにつらい薬は飲みたくない、と彼女は訴えます。
 それならば漢方治療に切り替えましょうと、私は方針を変更しました。脈は沈数弦で脾虚、少陽病位虚熱証です。補中益気湯ほちゅうえっきとうを始めると、僅か2週間で呼吸器症状が消失し、3ヶ月後には胸部画像もほぼ正常になりました。1年ほど継続したところで減量し、2年後には漢方治療を終了しましたが、再発はありません。

 二人目は過去に抗菌薬治療歴のある肺NTM症の方で、気品の漂う老女でした。喀血で再発し治療を勧められたものの、強い副作用の記憶から抗菌薬を使うことに恐怖があって、私の外来に紹介となりました。
 胸部画像では両肺とも広範囲の気管支拡張像があって、右肺には空洞を伴う大きな浸潤陰がありました。これで喀血しているのですから、普通は緊急入院と速やかな多剤併用療法の導入が必要です。
 しかし彼女は「なんとか外来で、抗生剤は使わずに」と頭を下げました。大量に喀血したら死にますよ、と忠告した上で私は診療を始めます。みますと、脈は浮数細渋で脾虚腎虚を肝実が追いかけています。脾と肝の不調に肺熱が入り乱れているのでしょう。腹診では結胸と瘀血が甚だしく、柴陥湯さいかんとうも脳裏を掠めましたが、それにしては脾が弱すぎます。これは土地から栄養せねば治せまいと、土行たる脾の治療を軸に考えます。
 そこで帰脾湯きひとう小柴胡湯しょうさいことうから治療を開始したところ、これが実に素早い効果を発揮して、彼女は入院を回避しました。その後も幾つか治療を調整して、抗菌薬を使わずに寛解導入に至りました。

 三人目は高度医療機関の呼吸器専門医から匙を投げられた老紳士です。
 片肺がすべて病変に置き換わり、もう片方も半分くらい侵されている重症の肺NTM症で、年齢や薬剤耐性を理由に「もう打つ手がない」と症状緩和を図りながら酸素療法を検討されている状態でした。
 脈は浮数渋大、肝と肺が暴れています。腹をみますと、著しい腹皮拘急が腹部全体を貫き、胸脇苦満に衝突して気と血の鬱滞を結んでいます。
 私は悩みながら柴胡加竜骨牡蛎湯、小柴胡湯加桔梗石膏、八味地黄丸などを試しますが、なかなか効果がありません。
 ところが2ヶ月かかって柴胡桂枝湯合五虎湯加大黄さいこけいしとうごうごことうかだいおうに行き着くと、これが驚くほど著効しました。
 症状が軽快して呼吸も楽になり、日常生活に耐えうる状態になりました。彼は食事や運動習慣についても努力を重ね、画像にも改善がありました。
 当初は無謀と思われた「海外に住む子どもに会いに行く」という夢も叶えられて、老紳士は嬉しそうに笑いました。


 漢方医学は万能ではありません。

 しかし古典を紐解くと、難解な病に対しても「〜に宜し」と書いてあり、「(治るか分からないが)こういう病態にはこの治療がベストだ」という道標があります。
 これは医療者として重要な視点であろうと、私は考えます。すなわち「治らない病」と諦めて遠ざけるのではなくて、今できるベストな診療は何かと問い続けながら、人に向き合うということです。



 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方の抱える問題が、快方に向かいますように。



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