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過労を侮ること勿れ

 通勤風景を眺めると、どうにも疲れてみえる人が多いことに気付きます。自分も疲労の渦中にあって俯いていると分かりませんが、曇った表情の人が存外多いことに気付くと、果たしてこの国はどこに向かっているのだろうかと捉えどころのない不安を覚えます。

 過労死が表沙汰になって久しいものの、その本態の解明は不十分です。なぜ疲れ過ぎることが命に関わるのか、それを医学的妥当性をもって説明し切ることが現代医学には困難ということです。

「死ぬ気でやってみろよ。死なないから。」

 という言葉を間に受けて働き詰めた結果、死の危機に瀕した友人がいます。幸いにして彼は復活を遂げましたが、あんな思いはも二度と御免だといって、持続可能な「くらし」を始め、今も家族とゆったりした生活をしています。

 
 幾らか専門的な話になりますが、特発性肺線維症とくはつせいはいせんいしょうという肺の病気があります。原因不明で肺が徐々に硬くなり壊れていくもので、肺がんと同じかそれ以上に性質タチの悪いことが知られています。

 類似した疾患は多々ありますが、この特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis: IPF)では、急激に病態が悪化して命に関わることがあります。これをIPF急性増悪きゅうせいぞうあくといって、死亡率は50~80%程度と報告されています(特発性間質性肺炎 診療と治療の手引き 改定第3版より)。急性増悪を引き起こす誘因も色々と報告されていますが、端的に述べるなら次の一言に集約されます。

 ストレスと過労。

 これは私が医者として駆け出しの頃に師事した指導医の表現で、その人は「びまん性肺疾患(間質性肺炎と呼ばれる疾患群)」のスペシャリストでした。

色々言われてるけど、結局ストレスなんだよ。
精神的なことに限らなくて、
手術とか感染症とか、身体のストレスもそう。
それから、データにはなってないんだけど、過労。
疲れ過ぎると、急性増悪を起こすんだ。
引越しの準備で大変だったとか、
庭の草刈りを頑張り過ぎちゃったとか、
ほんとにそういう些細なことで、
急に具合が悪くなっちゃうんだよ。

経験でモノを語ることが許されるレベルの専門家の発言

 
 統計学的に証明されたわけではありませんが、その分野のエキスパートが長年診療経験を積みながら肌で感じたことは、真実味を帯びています。実際に呼吸器内科医として診療を継続していると、たしかに過剰なストレスや過労が契機になっていると感じます。

 これは特定の疾患にみられる特殊な現象かもしれませんが、過剰なストレスや過労がヒトに与える影響は、未解明の恐ろしさがあります。

 何か起きてしまう前に、休息を。

 休めるわけない、と反駁の念が生まれた貴方は、ちょっと危険な状況にあるかもしれません。この記事を言い訳にして構いません。悩みがあるならコメントを。非公式で法的効力はありませんが、状況に応じて私がドクターストップをかけましょう。崖っぷちにいるなら、落ちる前に何かのせいにして逃げたほうがいい。私はそう思います。

 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、五月の憂鬱に発想の転換と、明るい未来の展望が拓けますように。





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