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ヴァイオリニストの頭の中 WoO 1

心の赴くままに行きたい所へ行き、会いたい人に会い、演奏会で音楽を共有する「いつも通り」の生活がいかに幸せであったかをひしひしと感じるこの頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

はじめまして、ヴァイオリニストの岡本誠司です。

音楽で伝えることを生業としている身にとって、言葉で伝えることはとても好きではあるものの、とはいえ専門外のこと。
タイトルにあるWoOというのは、ドイツ語の"Werke ohne Opuszahl"(作品番号なしの作品)の略語ですが、そこにはそういったニュアンスも込めながら。


ドイツに留学をしはじめてまもなく丸3年が経ちます。
拠点としているベルリン、在学している学校のあるフランクフルト近郊の街・クロンベルク、そして日本とを忙しなく行ったり来たりする「いつも通り」の生活も、ここ数ヶ月はペースダウンしながら。

日本を離れてから、以前よりも内省的な時間 - 自分にとっての幸せ・必要なこと・大切なことは何かを考え、音楽や自分の演奏とはもちろん、自分の心とも向き合うこと - が増えたように思います。
そしてここしばらくはこれまでにも増して更に。

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最近目にした養老孟司さんの寄稿文に、"対人の世界"と"対物の世界"のどちらもを大切にする生き方のすヽめが書かれていましたが、音楽そのものにも共通する考え方・要素だと感じました。
欲を言えばそこに"精神的な世界"の要素を加えたらいったところでしょうか。


1つめ、音楽における"対人"とは、演奏者と聴衆の関係、共演者同士の関係と言えそうです。
音楽における一番分かりやすい歓びはやはり、人との"なにか"の共有です。
古来より状況や感情を共有したい時に音楽が用いられていたように、現代の多様化し複雑化した世界においても、音楽は不可欠なものです。
人と人を繋ぎ、分かり合える部分を強く結び、分かり合えない部分を埋める存在として。


2つめ、"対物"は、ここでは楽器や楽譜との関係性でしょう。
楽器を弾くのはご想像の通りとても奥深いもので、シンプルに見える楽器ほど奥が深く、難しそうに見える楽器はやはり難しいものです。
"楽器を弾いている"という状態から、"楽器と身体が一体化する"という過程を経て、"楽器も身体も音楽の一部に溶け込む"という領域に達するまでは長い道のりです。
納得のいく音を追い求めているとそれだけでも一生が終わりそうな気もしてきます。

楽譜との関係性はクラシック音楽家にとって、特に重要なものです。
音を追って完璧に弾くだけならば、技術が発達した現代において人間がやる意義はもはやありませんが、行間や楽譜の裏側を読み、作品の真髄に迫り、それを表現する領域へ昇華させていくことこそが、クラシック音楽の魅力であり、私自身が一生をかけて取り組みたいと思える理由でもあります。

養老さんの言葉の通り、対物の世界もまた無限の広がりを見せるものであり、時間などいくらあっても足りないわけです。


3つめの"精神的な世界"とはなんとも抽象的な表現ですが、楽譜の先にいる作曲者との対話や、作品と向き合い共感していく過程、作品と自分自身を一体化させていく作業は、やはり精神的な領域と呼ぶのがふさわしい気がします。
この領域を突き詰めていくためには、"対人"と"対物"の要素がある程度充実していた上で、更にその先の分析力と共感力、想像力と第6感のようなものも必要とされます。
なにせ会ったことのない作曲家が遺した断片的な情報(=楽譜)をたよりに、答えの無いものに確信を持たせて演奏するわけですから。


ところで、クラシック音楽を楽しむことは全く難しいことではありません。いたってシンプル。そして自由。
"対人"の部分、演奏者から伝わってくる表現や共演者同士の掛け合いを楽しむのも一興。
"対物"の部分、楽器の音色やホールの響き、演奏者による楽譜の解釈の違いを楽しむのも一興。
"精神的"な部分、作曲者と作品と演奏者の三位一体を複合的に感じて楽しむのもまた一興。

しかし、クラシック音楽の魅力を余すことなく本気で伝えようとすると、演奏家の側にはこれらの3つの要素が不可欠で、更にそれぞれが突き詰められていればいるほどより魅力的になると思うのです。

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長々と書いてしまいました。
とはいえ書きたい事は尽きないもの。
またいずれひとつひとつ詳しく語りたいところです。
或いは全く違う角度の話題についても。

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26歳の誕生日当日、2020年6月21日に、ドイツ・ベルリンのCharlottenburg宮殿の庭園より

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