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なぜ遠回りな練習をするのか 楽譜を読み込むとは WoO 3

7月3日に公開されたこちらのYouTubeの動画、もうご覧いただきましたか?

MLMナショナル管弦楽団の配信アルバムのリリースに合わせて作成した動画。
家での普段の練習風景をお届けしております。

今回のnoteでは、この動画で話しそびれた(厳密に言うと、話すと長くなりすぎるので断念した)こと、- なぜこんな遠回りに見える練習をしていて、練習にとても時間がかかるのか。
その根本的な理由について書いてみることにします。

「しらざあいってきかせやしょう」

このnoteを読んでくださっている日本語話者の方は、この14文字のひらがなを難なく音読できることでしょう。
"楽譜が一通り読めて楽器でそれが弾ける"というのは、まずこの状態に当たると言えそうです。

では、意味が理解できるかどうか。

「知らざあ言って聞かせやしょう」

平仮名ではいまいちぴんと来なかった方も、これで一安心ですね。
とはいえ、これは現代日本語ではありません。現代日本語への訳しかたは意訳の仕方も含めていくつかありそうですが、少なくとも意味合いとしては、

(知らないなら説明しましょう)

といったところでしょうか。

さて、ではこの言葉をどのように"喋る"べきか。
歌舞伎の名演目、「青砥稿花紅彩画」(通称:白浪五人男)の第3幕、弁天小僧菊之助が居直って正体を明かす時に発するこの台詞。
歌舞伎の流儀に心当たりがある方は、なんとなく節回しや口調の想像がついていらっしゃるのでは無いでしょうか。

とはいえ、この台詞の発し方に恐らく唯一つの正解は無いのでしょう。
その前の話の展開から自ずと導き出される口調、このあとに続く長台詞の始まりとしての発し方などなど。
ほんの少しの言い回しの違いに、役者さんのセンス、経験が見えてきそうです。


既に奥の深さを感じますが、これはあくまで私たちがすらすらと話せる第一言語でのお話。
では、もう少し距離を離して、平仮名でなくアルファベットではいかがでしょうか?

oromeoromeo whereforeartthouromeo

この書き方は流石に意地悪すぎたかもしれません。

中世の時代にグレゴリオ聖歌を歌うためのメモ書きのような形から始まった、ヨーロッパの楽譜の歴史。(随分と大雑把な説明ですみません。詳しくは専門の方に譲ります。ご興味のある方は是非調べてみてくださいませ。)

17世紀のバロック時代の作品の楽譜だけでなく、18世紀のバッハやモーツァルトの時代の楽譜においても、あるいは19世紀のシューマンやブラームスにおいても、複雑な作品や、あるいは作曲者が作曲者周辺の当時の演奏慣習を前提にしている場合など、時には一見アルファベットの羅列に見えてしまう楽譜もあるのです。

この状態から、持てる知識、新たな知識、様々な感覚を総動員して、読み進め、見極めていきます。

O Romeo, Romeo! Wherefore art thou Romeo?

これでいかがでしょう。
英語に心得のある方、演劇がお好きな方、あるいはそうでなくても、お分りいただけたかもしれません。
シェイクスピアの戯曲、「ロミオとジュリエット」の、あの名台詞ですね。

時代を経るにつれて、楽譜も進化していき、19世紀末以降、いわゆる近現代の作品では、作曲者が楽譜により多くの演奏のための情報を盛り込むようになっていきます。
1フレーズずつ違う指示記号や表現記号を書いたり、どれがメインテーマでどれがサブテーマなのかを書き記したり。
しかしそれでも、2020年を生きる演奏家の観点からでは、パッと見ただけだと分からない部分も多くあるのが事実です。
現代英語では"thou"なんて使わないのと同じように。


さて、最後に。

Я - чайка!

ロシア人の名伯楽のレッスンを受けたり、ロシアものの音楽に傾倒していた時期にロシア語をかじる程度に勉強した名残で、なんとかぎりぎり音読はできますが、、、
そもそもそれが正しい発音なのか自信は無いですし、恥ずかしながらあらすじ程度しか知らないチェーホフの「かもめ」から引用してきた一文で、この台詞にどのような思い入れがあるかもまだよく知らない、という状態。
皆様はいかがでしょうか?

そんな付け焼き刃の知識だけの状態でこの台詞を発することは、あまりにも心許無く思えます。
音楽でも同じように、あらすじ程度しか理解できていない状態、確信や明確なビジョンが持てていない状態で作品を人前で演奏することは、私個人的にとても居所が悪く感じます。
理解を深める努力、様々な観点を持つこと、その中でより良い表現を求め続けていくことを、演奏家であり続ける限り、続けていこうと思っています。
それをどれだけ続けたところで、正解も終わりもないわけですから。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
いささか堅苦しく書きすぎましたね。

音楽を楽しむためには、こんなまどろっこしいことを考える必要は全くありません。
その場に鳴り響く音と音楽に、ただ身を委ねるだけ。

ただ、もう一歩先まで、もう少し奥まで知ろうとすると、思っているよりもさらに面白い世界が広がっているかもしれません。

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ヴァイオリニストの頭の中。 ベルリン在住、クロンベルク・アカデミー在学中。 日本およびヨーロッパにて精力的にソロ・室内楽の演奏活動を行う。 2014年、第19回J.S.バッハ国際コンクール(ドイツ・ライプツィヒ)にてアジア人で初めて優勝したほか、国際コンクールでの入賞歴多数。