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第3回 特許の鉄人~クレーム作成タイムバトル~の出場選手が対戦についてセルフ解説してみる

IPTech弁理士法人で弁理士をしていて、Smart-IP株式会社で副社長をしている佐竹です。

2023年7月18日に「特許の鉄人~クレーム作成タイムバトル~」というイベントに出場しました。
現地やオンラインで、リアルタイムでバトルを目撃いただいたみなさま、ありがとうございました。

バトル形式のエンタメ「特許の鉄人」

特許実務の中でも、最も重要な「特許請求の範囲」、通称、クレーム作成。これを25分の枠で発明品のヒアリングをしながら書き上げていき、さらに観客の投票と審査員票で勝敗をつける。

ラップを即興で行うフリースタイルバトルのように、できあがったクレームについて、先攻と後攻とで順にプレゼンしていき、オーディエンスと審査員の投票で勝敗がつく。

「特許の鉄人」ってこんな感じのイベントです。

見ていただいた方からは、対戦相手がどんどんクレームを書き上げていく中、「時間内に間に合うのかハラハラした」という声もいただきました。
実は選手としては、むしろ残り時間が短くなっていくにつれてリラックスしていったと思っています。
観客と選手とで、心情としては黒白の差とまではいかずとも対照的で、舞台と観客席とで対置するような構図になったのではないでしょうか。

そこで、

「出場選手の心情はどうだったのか?」

を出場者がセルフ解説することで、オセロの角が見えてくるのではないか。エンタメとしてもっとクレーム作成を嗜めるのではないか。
という試みをやってみます。

当日に乗り遅れてしまった!という方や、このセルフ解説で興を呼ばれて振り返ってみようかと思われた方、アーカイブは配信チケット入手で2023年8月1日(火) 23:59 まで視聴できるそうで、ツイキャスでもぜひどうぞ。


事前準備:steps to win

特許の鉄人3へ出場するというのは、臍を固める覚悟をするということだ。せっかく戦うならタフなほうがいい。クレームの筆力鼎をあぐような相手がいい。そうしたら対戦相手が決まって、これは然る者がやってきたのではないかと考えていた。だから本試合に先だって対策を練っていた。

クレームを書き上げたあとの「プレゼン」タイムを重大視する。特許として権利化すべき事情として、発明品を事業化する道筋を示す。そしてクレームと事業とを関連付けて説明していく。これが事前のプランだ。

企業知財部出身でもあり、代理人として分析から競争環境の定義、戦略立案、個別の発明の権利化までやっている。その経験から自分が導いた観点をプレゼンで打ち出せば、いい線いけるのではないか。

本番の魔物を飼いならす

対決の事例は数多い。自分の型を打ち出すことで勝ち筋があるのでは、という点で参考になるものはないだろうか。思い当たったのは、「獣道4」のぷよテト対決である。格闘ゲームのプレイヤーとして著名なウメハラ氏によってマッチメークされたイベントである。

この対決前のPVで語られていること。

「本番には魔物がいる」

普段では絶対にありえない状況でクレームドラフティングを進めることになる。それが本番だ。観客からの視線が降り注ぎ、解説の声も飛び交ってくる。なにより、隣で一緒にクレームドラフティングをやっている人がいるのだ。

本番の魔物に飲み込まれないこと。つまり、頭が真っ白になってしまい、筆が止まってしまう事態をどうやって回避するのか、だ。

ここで参照していったのは、サバイバーズクラブの教えだ。危機的な状況に陥っているのに、何もできなくなってしまう。「異常な状況に接して、時間が経過するほど危うくなるのに、どのように行動すべきか脳に問い合わせるも脳が回答を出せず立ち止まってしまう」。だから事前に、そのような状況を想定した準備をする。本対決に向けた軍議を開いていった。

あえての先制プラン

「特許の鉄人」では、クレームドラフティング後のプレゼンは、一般的には、後攻のほうが有利であると言われていた。先攻が言ったことを受けて後攻は説明できる、つまりアンサーを返しやすい。例えば、ターン制で後攻が有利とされる点では、フリースタイルバトルも同じだ。後攻のほうがアンサーを返せる機会が多い。

ただ、自分の型でいい勝負ができるとするなら、あえて先攻をとるオプションもある。自分の型に沿った評価の軸を打ち出す。場の空気を作るというプランもありではないか。

ルール上、先にクレームを書き上げたほうが、プレゼンの先攻・後攻を選べることになっている。となると、勝敗のポイントは、先攻をとれるかどうか。つまりクレームを先に書き上げて、後攻有利とされている中で自ら先攻をとって注目を集めることにあるのではないか。しかし、クレームを先に書き上げられるかどうかは相手次第だから、ここはけっこう不確実だ。ボラティリティが高そうだ。

事前に勝敗のポイントとにらんでいたのはこのあたりだ。そして本番がやってきた。

本番当日:『会場のまわりの神社仏閣をおさえろ!』

いよいよ当日だ。準備は十分だ。あとは体調を整えるのみ。前日から近くのホテルを押さえた。しかし、事前にとろうとした仮眠も十分ではなかった。図太く眠れるような胆力はまだ自分にはなかった。

道すがら、近くの神社で掌をあわせにいった。麻雀漫画「牌賊!オカルティ」に登場するシステムなのだ。あとで触れるように、これは重要な施策だった。

本番第2試合:発明品のお披露目

いよいよ本番だ。事前にわかっているのはプレゼンターの情報と「第2試合 妄想未来発明対決」程度の情報量だ。

発明品の幕が上がる。思っているメインシナリオやろうか?その見極めから。表情も多少はこわばってただろう。

4~5枚くらいスライドが流れていき、確信した。「これはメインシナリオだ」。ある程度、軸となる技術があって、これを活用した事業。「しかもプラットフォーム型だ」と胸をなでおろした。実際にも頻出する発明テーマだからだ。

メインシナリオでは、発明品のプレゼンで事業化までの計画も説明があったらいいとは思っていたが、そこまでは情報が出てこないことも想定していた。ユーザーがサービスを使う理由や、事業を成長させていくイメージまでははっきりとは説明がされないのではないかと考えていた。なにせプレゼンの時間も限られているのだから。なので、メインシナリオのヒアリングでは、まずはこの2つを定義するところからだろうと想定していた。

事業化していくうえでの「顧客層」は何なのか
その顧客層に対してどういう「価値提案」をしていくのか

ただ、予想通りとはいっても、「顧客層」を定義するところからとなると、その場で即興で決めていくしかない。ここを最短コースで見極められるだろうか。頭を回転させ始めていた。これはビジネスモデル設計を即興でやるということなのだ。

選手からの最初の質問:顧客セグメントを定める

さあ、いかにして事業として成長していくのかを考えていこうか。

ビジネスモデルの設計は、何から始めるか。それは「顧客層」と、その顧客層への「価値提案」からだ。発明品のプレゼンを聞きつつ、二次元のビジネスモデルキャンバスへと置き換えていくべく、バリュープロポジションキャンバスを引っ張り出していた。

プレゼンターによる発明の説明が続いている。一般の人をユーザーとするなら、アートを作ることの何が痛み(ペイン)になるだろうか?

ユーザーのペイン:
「自分だけのアートを作るのが難しい?」
価値提案:
「自分の思いを容易にアートとして世に提供できる」

ここまでメモに書き記す。
どうだろう?自分を表現するアートを「容易に」実現できる。うん、これならサービスの軸としてはありなのではないか?

発明品のプレゼンではプラットフォームの話も出ている。これは定番の論点の出番だ。請求項で「マッチング」関連を立てることになるだろう。プラットフォームが提供する価値そのものであり、収益化(マネタイズ)の典型例でもある。

ただ、価値提案からすると、プラットフォームのマッチングまでは必須ではない。ユーザーのペインを「自分だけのアートを作るのが難しい」としたのだから、アートをカンタンに作るというシンプルな仕様でもサービスとしてはありえる。だからメインクレームで「マッチング」までは定義しない。これでメインクレームの骨子はいいだろう。あとはサブクレームでどう掘り下げていくかだ。

プレゼンターの説明が終わった。まずは、「顧客セグメント」を定めよう。そう考えてプレゼンターへ最初の質問をした。そうしたら「一般向け」を想定したサービスという回答を得られた。これで顧客層の軸はできた。あとは、価値提案を掘り下げていくのだ。

対戦相手の質問タイム:クレームツリー作りに没頭

自分の質問を終えたあと、隣でいろいろと画像データを生成するためのアルゴリズムのヒアリングをしていっているであろうことは、耳には入っていた。

自分としては、「自分の思考を容易にアートにできる」という価値提案にするならば、結果としてアートになっていればよいだろうと捉えていた。具体的なアルゴリズムを掘り下げるのはふだんのヒアリングとしてはあり得ると思う。ただ、なにせ請求項は5項までと決まっていたので、他に優先度が高そうな発明を探索していくことに注力していった。

ここまで事前に想定していたシナリオどおりだ。最も不確実そうだった「顧客層」と「価値提案」も、案外定めることができた。プラットフォーム型のビジネスモデルだから、論点もはっきりしている。5つの請求項に、どれを選抜するかだ。神社でイメージしていたとおりの展開だ。

事業を成長させていくうえでは、顧客への価値提案のど真ん中を支えるものはなんだろう?

だんだん、会場の実況の声や、対戦相手の質問の声も、どこか音量が小さい感じになっていった。クレームツリーという土台を作っていた。「何を発明として定義するのか」の理由を整えていった。

仕上げの質問:価値提案を再確認

隣で展開されていた質問タイムが終わった。

次の自分の質問として、顧客層への価値提案を「自分の思いを容易にアートとして世に提供できる」としたことを支えるものかどうかを確認しにいった。アルゴリズムの詳細というよりは、それによって得られる画像データの性質を確かめに行ったのだ。

これで質問は完了だ。あとで振り返ってみると、私の質問時間は、比較するとえらく短く映っただろう。さあ、事業を普及させ成長させていく道筋を考えていく旅の続きだ。

ルール上、請求項数は5個までと決まっている。請求項として立てていき、権利化を目指していく理由が同じようなものを、別々の請求項として立てている余裕はない。つまり優先順位決めが重要になってくる。「自分の思いを容易にアートとして世に提供できる」という価値提案で同じものは、ひとつの従属請求項にまとめていこう。そうして請求項2に何を書くのかを決めた。

通り過ぎた災厄

自分の質問を終えたあとは、ひたすら、事業を成長させるための重要な技術的仕様のピックアップをしていた。このとき、選手にも残り時間は見えていた。

カウントダウンがものすごくゆっくりに感じられた。

ゾーンに入ってるってこれじゃないだろうか。司会や実況が何か言っているけれど、目の前の作業に没頭し続けられた。遠くで聞こえているような感覚だった。

対戦相手の綾木選手が、何かデモのようなものをやっているのか、場が盛り上がっているだろうこともなんとなくはうかがえた。でも当時は気にならなかった。

対戦が終わってから振り返ってみると、本来、これは自分にとっては予想外の事象が起きていたことがわかる。綾木選手は、自作のソフトウェアを披露しようという意図だったのだろうとは思うが、事前に作戦を立てていた自分があとで振り返ってみると、これは想定外の出来事を仕掛けてこられていたことになる。まさかのクレーム作成中の奇襲である。もしも対戦中に自分が気にしてしまっていたら、焦りを生み、クレーム作成にも影響していたかもしれない。

迫るカウントダウン、書き始めるクレーム

ここまで事前の想定通りのシナリオで、目の前のクレームツリーの検討にますます没入していった。時が止まっているかのようだった。請求項数5個というルールに沿って、ビジネスを成長させていく道筋に沿って、何を発明としてピックアップしていくのか。重要度を設定していく作業だった。

どれを選んでもプレゼンとしては成り立つだろう。いつでもクレームとして書きおろせる状態ではあった。もう不安な要因はどこかへ消失していった。だんだん楽しくなってきて表情もニコニコなりニヤニヤなりし始めていた。

クレームツリーを整理し、サービスの普及期にはユーザーがサービスをリピートしたくなるような気持ちよさに着目して、請求項3に何を定義するかを決めていった。
さらにプラットフォーム型のビジネスモデルの根源的な価値ともいえる「マッチング」関連の定義も請求項4に入れた。
最後の請求項5をどうするかだ。NFTというキーワードはあったけど、NFTじゃなきゃダメってことはないだろう。そう考えて、センシングするためのデバイスの形状に着目した。お手軽にセンシングをしようとするとこのような形状にならざるを得ないというストーリーもありえるのではないか。これでクレームツリーはいいんじゃないか。

はた目には、クレームツリーとにらめっこしているようで、クレームがなかなか書かれていない状況だっただろう。ビジネスモデルをどう進化させていき、事業の成長に沿うように「何を定義するのか」をクレームツリーでたっぷりと時間を使って考えていたのだ。

あとは「どう表現するのか」。残りまだ数分もあるぞ。クレームを1つ書きあげるのに1分もかからない。会場に持ち込んだREALFORCE R3キーボードをたたき続けた。

想定通りの先制プラン

請求項5つ、すべて書き上げた。そこでようやく対戦相手の綾木選手のクレームを見た。とっくに書きあがっていたようだった。

どうしようか?サブクレームはええけど、メインクレームを見直そうか?いや、プレゼンで先行後攻の選択権を得るべく、書き上げたことを宣言しようか?

この2択を迫られていた。だが、ここまでの進み方が想定していたシナリオどおりだったのもあってか、筆を止め、挙手をした。(あえての)先攻プランをとることを優先したのだ。あとから思えば、メインクレームをほんの少し書き直してもよかっただろう。残り時間1分程度の中で選択肢を迫られるのも、バトルならではなのだ。

あとは当初のプラン通り、クレームのプレゼンだ。自分の型という土俵を作りにいく。「新規な事業を成長させていくなら、顧客に対しての新たな価値提案となるところが重要だ。だから権利化をしていくのだ」といった価値観を先に打ち出していく。

こうして3分間のプレゼンを終えた。

クレーム作成タイムバトルまとめ

出場者目線での、事前の準備から本番のプレゼンまでをセルフ解説してみた。まとめてみよう。

サバイバーズクラブ:
本番の魔物に飲み込まれないよう、事前に本番を想定した作業を味わっておく。

リフレクとヘイスト:
結果的に、クレーム作成の時間帯で、事前に予測していなかった事態は起きていたようだった。もし自分が作業に没頭できていなかったら、仕掛けに飲み込まれていたかもしれない。そうならなかったのは、なんでだろう?事前のシナリオの想定だけじゃなく、会場入りする前の「神社仏閣を押さえる」ことも大きかった。会場入りする前から、掌をあわせ、目を閉じてバトルでのヒアリングからプレゼンまでをイメージしきっていた。そして、これだけ事前の準備をするよう動機づけられたのは、対戦相手がかなり手ごわそうだと思ったからだ。そして実際これは当たっていた。

ギア:
クレームを書き上げるために、ふだん使っているREALFORCE R3キーボードを持ち込んでいった。ぎりぎりの勝負どころで、これがなかったら、クレーム2~5の書き上げも若干遅くなっていただろう。

おわり

ツイキャスでのアーカイブ動画は2023年8月1日(火) 23:59 まで視聴可能だそうなので、よかったら。出場者目線での思考も踏まえて見てもらったら、またエンタメとしても楽しめると思う。

発案者でもあり、今回の運営メンバーでもある加島さんの舞台裏の記事もあわせて読むと、もっと楽しめるはず。

イベント全体の流れは、知財塾運営の記事もありますよ。

さて、今回、イベントで見せていったクレームドラフティングは、自分としてはここ数年の特許実務で関わってきた業界の方々をはじめとする実務家のみなさま、そしてクライアントとの議論の成果でもあるし、自分なりに経営理論を積み上げてきたことの結果でもあると思っている。

ある程度は実例も培えたという感触はあるので、まとまった形で情報発信をしていこうとも考えている。

直近では、関西特許研究会(会員向け)で2023年8月1日に発表する。関西特許研究会は、弁理士、弁護士、弁理士試験合格者と入会の条件が規定されている。また会合のテーマも、実務家が興味を持ちそうなものが並んでいるので、入会できる方で興味があればこちらもぜひ。オンラインでも参加できる会合も多いよ。

以降も、会合や誌面でも発表はしていくと思うので、また興味あればぜひ目をとおしてもらえたら。知財塾でも要望が多ければゼミが開講されやすいそうなので、もし気になった方はメールマガジン登録やTwitterもフォローしてもいいと思う。Webサイトにリンクあるよ。

今回のイベントでは、実務家の作業効率を上げるためのツールも重要だった。キーボードもそのひとつだし、考えを整理するためのフレームワークもそう。

実務家向けのSaaSツールを提供するべく、Smart-IP社のほうでも開発を進めている。実務家のパワーを引き出していき、実務家がより価値あるものを量産していくためのギアにしていきたいと考えている。もし興味を持っていただいた方は、ぜひ、開発の参考とさせてもらいたく、いまのユーザー体験や、これからの実務についてもディスカッションしていきましょう。また知財関連業務の自動化なども進めています。こちらもWebサイトにメールマガジン登録やTwitterのリンクなどあるので、気になった方はぜひ登録くださいませ。

またIPTech弁理士法人では引き続き採用もやっていますし、クライアントさま向けの特許・商標・意匠・コンサルティング(分析・戦略立案・戦術実行)・調査のサービスも提供しています。Webサイトからもお問い合わせできます。

さて最後になりますが、出場をして実務のデモンストレーションをすることで得られたものも多かったです。見ていただいた方々からも感想などたくさんいただきました。特許の鉄人を発案された加島さん、対戦相手の綾木選手をはじめ、運営をやっていただいた知財塾の方々、スポンサー、出場者、プレゼンター、観客のみなさま、ありがとうございました。



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