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恋とか愛とか

中学生のころからの友だちに、恋人がすぐ変わる女の子がいる。

彼女がときどき連絡をくれるときは大抵恋愛の話があるときで、しかも毎回恋人が変わっている可能性があるので、私は彼女が「彼氏がさ…」と話し始めたら、まず最初に「どの彼氏?」と確認する必要がある。

この夏、彼女は私の実家でやっている俳句展に恋人とふたりでやってきた。私は初めてまともに彼女の恋人を紹介され、3人で楽しくおしゃべりしたりもした。

なので先日ふと思い立って「あのひととはどうなの、なかよくしてるの」という趣旨の手紙を書いてポストに投函したら、手紙を受け取った彼女からLINEが来た。

そこで「そのひととはその3日後くらいに別れたの、今は別のひとと付き合ってる」という言葉を聞き、私はおそれおののいた。
「なんで」とも「どうしたの」とも言えず、ただ「こわい」と、率直な感想を送ることしかできなかった。

やっぱりそうなのね、あんなにしっかり私に紹介してくれたのにそれでも別れてしまったのねと、まずそう思った(もちろんことばで言いはしない)。

彼女は中学生のときからそんな女の子だっただろうか。ときどき考えてみるけど、いまいちよく分からない。

中学生のとき、彼女は1歳年上のとてもハンサムな先輩にずっと片思いをしていた。
そのとき私もまた別の先輩に恋していたので、彼女とはよく手紙を交換して恋の話をしたものだ。ただ彼女は自分の話をするのが何よりも最優先なので、私の恋の話に触れることはごく稀だった。

そしてよくよく思い出してみると、当時から男の子となかよくなることに躊躇のない少女だったな、とは思う。

ハンサムな先輩に対する片思いの印象が強すぎてかすんでしまうけど、彼女は中学1年生のときは私の初恋の男の子と付き合っていたようだし、3年生になってからは同級生の何人かと付き合っていた気がする。

恋に生きるタイプというのだろうか。

たしかに当時から夢中になって全力で誰かを好きになったり、なられたり、それで傷ついたりする少女だった。

中学生のときはその程度のものだったけど、高校生になって彼女と学校が別になってからは、話を聞くたびにころころと恋人や好きな人が変わっていることが増え、最初は呆れていた私もいつの間にか感心してしまうようになった。

そんなにいろんな男の子と関係性を築いて疲れないのだろうかと、私は話を聞くたび純粋に疑問に思った。

私にとって、恋というのはとてつもないエネルギーが必要なことだ。誰かを好きになったり、逆に好きになられたりするのは、自分の心を砕いたりすり減らしたりすることが少なからず含まれるから。

だけど彼女は常に恋人が絶えない。たとえ誰かと付き合っていないときでも、常に気になるひと、もしくは彼女のことを気になっている男の子がいるように思う。

彼女はそれなりに顔立ちも整っているし、現役で医学部に受かるほどの賢い頭脳も持っている。少し自己中心的でわがままなところがあるけど、それさえ男の子からしたら可愛らしいのかもしれないな、と最近思ったりもする。

もっとも、私はもし男だったとしても彼女と恋人同士にはなりたくないし、もし仮に彼女と恋人になったとしてもその関係性はすぐ破綻していたと思う。

だからどちらかが男だったら、多分こんなふうには友達ではいられなかっただろう。
私たち女の子同士でよかったよねと、そういう話は幾度となく彼女としてきた。

彼女は以前、「私、男の子がいなきゃ生きていけないんだと思う」と言っていた。付き合っているひとがいるときに別の男の子とキスをした話をされたときに「えええ」と反応したら、「キスなんて減るもんじゃないし」とも言っていた。

たぶん私と彼女の恋愛の価値観はずれている。
だって少なくとも、私はキスをそんなふうに捉えていない。

私の恋人と私は、初めてキスをするまでに、出会ってからおおよそ1年ほどを要した。

私は中学生のときの苦い恋の経験をきちっと踏まえていたので、キスをするにせよハグをするにせよ、相手と「付き合っている」という事実がしっかりあるということは大前提だった。

それに私は彼にスキンシップのステップをひとつずつ踏むことしか許さなかった。なので手をつなぐこと、相手の身体に手をまわしてぎゅっとすること、それらを丁寧にひとつずつ超えた先にやっとキスが待っていた。

だから彼は後になってから私に「いま絶対キスするタイミングだ、ってときに全然させてくれないんだもん、ずるい、もう!」とすねたように語っていた。

言われてみればたしかに、高校生の男の子に何ヶ月もキスを我慢させるなんて、私ってばひどい女の子だったかもしれないな、と思う。

けれど彼は我慢強く待ってくれた。決して急かさず、しびれを切らさず私を待ち、少しずつ、着実に私との関係を深めようとしてくれた。
だから私は彼を信頼できると思ったし、次第に彼になら頬や髪に触れられてもいい、触れられても大丈夫だと、そう思えるようになった。

彼女はそんな私とはたぶん正反対なんだろうと思う。私のように、こんなに時間をかけてまでその手順は踏まないかもしれない。もちろん相手にもよるとは思うけど。

だけどそれはどちらがよいとかわるいとか、そういうのを言いたいわけでは決してなくて、私と彼女の恋愛に対する考え方や感じ方が違っていることがあまりに分かりやすいので、いつもおもしろいなあと思うのだ。

彼女はなんだかんだで毎回恋を楽しんでいるように見えるし、結局私にできるのは話を聞いて相槌を打つくらいのものなので、基本的には彼女の恋愛に干渉しないように心がけている。

それに彼女は、異性と仲良くなっていくあの過程にある駆け引きや視線のやり取りなんかがなによりも楽しいんじゃないだろうか。

それは私も分からなくない。

好意を寄せる相手の心の中へ入り込むには、心を守るためにまわりにある柵や、あるいはそこを流れている川のようなもの、いわば外側と内側をへだてる境界を、自力で超え踏み込んでいかなくてはならない。

心の中にあるその場所を探しあて、境界を軽やかに飛び越える、あるいは飛び越えられるあの瞬間はあまりにも甘美だ。恋の他の部分を全部抜きにして、そこだけを何度も経験したいと思うほどには。

でも私にはもうそれは必要ない。

私は今の恋人と可能な限り長く一緒にいたい。もう数年間そう思い続けているし、そのおかげで、互いを思い合うことによってもたらされる幸福というのがたしかにあることを知りつつある。

一体何を守ろうと必死になるのか、何を許せないのか、何を愛するのか、そういう価値観は人それぞれ違っているものだから、恋愛のそれが違っているのもあたりまえかもしれない。

だから彼女の恋人がこれから何度変わっても、私はそのたび彼女の話を聞くだろう。そして恋というのは難しいね、と何度でも繰り返し言うと思う。

そんなことばの裏で、私は彼女ができるだけ幸せでありますようにとひそかに祈っている。

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