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花、宝石、女の子

私は男の子というものが好きだ。
おもしろいいきものだと思っている。

しかしそれに負けないくらい女の子が好きだ。

話すのには男の子がおもしろいなあと思う。私には男兄弟がいないから、同年代くらいの男の子がずっと不思議でならない、ということもあるかもしれない。何を考えているのか、何を感じているのか知るのはおもしろい。

一対一でも気兼ねなく男の子と話すことができる方だし、なんだろう、男の子は女の子にするのと同じように気を遣わなくてもよいから、楽な気持ちのまま話せるのだ。

(ただ、いつだって好きなひとと話すときだけはうまくいかなかった。へんに意識しちゃうんでしょうな。とほほ…)

しかし、眺めているなら断然女の子がいい、と思う。

もちろん女の子だけで集まってかわいいものや、好みのことやひとについておしゃべりするのも好きだけど、女の子は男の子と違って見ているだけで華やかだし、なんだかやたらとかわいいのだ。男の子の放つ気配とは全く異なるものを、女の子は醸し出している。それがいい。

私は女の子として世界に生まれ落ち、それにわりと満足して生きてきた。
さらにここで言っておくけれど、私の恋愛対象は今までずっと男の子だったし、おそらくはこれからもそうだと思う。

今まで男の子にしか恋したことがないし、私が男の子に惹かれる気持ちと女の子にあこがれる気持ちは全く違っているからだ。

けれど女性の肉体の柔らかさとか、しなやかさ、丸みを帯びた雰囲気とか、そういうのがたまらなく好きだ。

男の子特有の肉体(しなやかな筋肉や、薄いお腹や胸、しっかりした腕や浮き出た血管、きれいな線を描く喉ぼとけみたいなもの)に対するあこがれはもちろんあるし、男の子に触れられたい、あるいは触れたいという思いもなかったとは言えないけれど、それよりも女の子の身体への羨望はより鮮やかにあった。

女の子特有の華奢な手首、胸のふくらみから腰にかけての曲線、簡単に手をまわせてしまう小さな肩、ほっそりしたうなじと首筋、つややかな唇、そういうのがすごく好きなのだ。

だから私は成長するにつれ、自分の肉体が女の子のそれであることを喜ばしく思い、同時に他の女の子の肉体に焦がれてきた。

もし私が男に生まれていたら、女の子の肉体は受け入れがたいほど魅力的だったろうと思う。そして私自身が女の子なのに、そういうふうに感じるのはすこし不思議なことだとも、思う。

小説を読んでいるときも、私は女の子が丁寧に描写されている場面がいちばん好きだ。そこだけずっと読んでいられるくらい。
「TUGUMI」や「ミーナの行進」「蝶々の纏足」に登場する少女の描写の美しさと言ったら、たまらないのだ。

小学生のころ、外国のファンタジー小説を読んでいても、登場した少女の髪や目の色、頬や唇についての描写を読むのが何より好きだった。「はちみつ色の髪」とか「ばらいろにかがやく頬」とか、「澄んだ泉の水のような瞳」とか、そういう女の子の描写。
なにか美しいものに比喩されているというのも好きだったし、そういう見事なものに喩えられる女の子という存在が好きだった。

小説で男の子が丹念に描写されるものはあまりないような気がするし、もしあったとしても私はさほど心惹かれないだろう。とてもきれいな男の子なら話は別だけど、私はあくまで女の子とその子にまつわる描写が好きなのだ。

さて、そのようなわけで、私は小説の少女を空想するだけでは飽き足らず、周りに存在している女の子をちらちらと観察してしまうこともあるけれど、それは男の子を見るのとは全く違った心持ちだと自分では思っている。

私は女の子たちを性的な目で見ているわけではない。ただ好きなのだ。
自分と同じように生きている等身大の女の子たちを眺めるのが好きなのだ。

たとえば私の大学の同期に信じられないほど肌の色が白い女の子がいる。
私は彼女を見つけると、ついそちらに視線をやってしまう。

雪の精なのかしらと思うような彼女は、授業中は後ろ姿だけで顔は見えないけれど、ペンを持つ華奢な指から手の甲へそっと視線をうつすと、肌の下の血管が青く透けているのがよく分かる。

頬も首筋も、触れてみたい、触れたら私の体温で溶けてしまうのではないかと、そう思うほどただ儚げできれい(こんなことばかり言っているとまずいかしらと思わなくもないけど、私に下心はないのです。だからどうか許してほしい)。

そしてその肌によく映える黒く長い髪。
1回生のころから彼女はずっと黒髪だから、おそらくまだ一度も染めていないのだと思う。彼女の持つ肌の白と髪の黒はあまりにはっきりしていて、そのコントラストに私はつい目を奪われる。

女の子というのは女の子ということだけで無条件にかわいい。
私はどんな女の子にもかわいいところを見出すことができる。

こういう話は3歳年下の妹なら分かってくれると思うけど、大学のお友達(女の子たち)にそれとなく話すと、すこーしおかしなひとだと思われたのが分かったので、男の子とする方がいい気がする。

私は恋人に女の子の好きなところをおしゃべりするし、そうすると彼も私に自分の思うことについて話してくれる。
私は彼が私を抱きたい気持ちを理解できるし、だからこそ、私がもし男の子として女の子に触れることができたなら、それが一体どれほど幸福なことだろうかということを考えたりもする。

でも男の子と女の子では、何かが決定的に異なっているんだろうな…
私は男の子ではないから、男の子の全部は理解できないんだろうなあ。

そこもまた、ときどき泣きたくなってしまうほど切なくて、でもある意味しあわせなことなのかもしれないと思っておくことにする、今は。

なにを言いたかったんだかよくわからなくなっちゃったけど、私は女の子として女の子が好きです、とても。小説に出てくる少女の姿を空想するのも、そこに実在している女の子を観察するのも好きです。女の子である自分も好き。

そしてそれと同じくらい男の子のことも好きです。

だから、もしかしたらときどき私にとって魅力的な男の子や女の子について(もちろん性別なんか関係なく魅力的な誰かについても!)、つらつら書くかもしれませんが、「青葉ちゃんまたなんか言ってるわあ」くらいに思っていてほしいのです。


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