森の住人2話 鍋料理

時折吹いてくる心地よい風を肌で感じながらの読書は良いものだ。他のキャンパーたちは大概レジャーに出かけてしまっていない。穏やかな日差しの中静かに紙をペラペラ捲る音で神経が癒やされ、日常を忘れられるひとときだった。
 昼になって、そろそろ昼食を摂ろうかという時間になっても、あの女の人は帰ってこなかった。大方釣りに夢中になっているのだろう。

(仕方ない、一応二人分作って置こうかな。)

朝がパンだったので、昼は焚き火で米を炊く。後は持参したインスタントの味噌汁と漬物で少々侘びしい昼食を摂っていた。そうすると、食べ始めてから2分もしない内に女性が帰ってきた。笑顔を浮かべて機嫌が良さそうだ。どうやら釣りの戦果は上々らしい。

「釣れましたよ!ここの川は良いポイントが多くて。あ、お昼ごはん約束してたのに遅くなっちゃって、すみません」

「いえ、大丈夫。一応ご飯二人分炊いておきました。食べるでしょう?」

「ありがとうございます。丁度いいから私が釣ってきた魚と持ってきた野菜でお鍋でも作りましょうか」

「いいですね」

僕が軽装備で電車で来たのに比べ、彼女は自分の車で来たらしく準備万端だった。彼女がガスコンロ付きのキッチンテーブルをトランクから持ってきて広げると一気にテント周りがそれっぽくなった。

彼女が野菜を切って、魚を捌いている間に、僕は新たな焚き火に焚べる薪を近くの森に探しに行った。この森にはこの時期乾いた薪がよく見つかるので、薪代を節約できて助かる。

(それにしても、こんな風に誰かと一緒に料理を作ったりするのは初めてだ。だけど、獲ってきてもらった魚は純粋に楽しみだ。共同作業というのもたまには悪くないね)

早々に薪を拾い終えて戻ってきた頃には彼女は既に下拵えを終えて、後は鍋を火にかけるだけだった。その手際の良さに僕は感心した。

「早かったですね。やっぱりベテランキャンパーは違いますね」

少し戯けた風に褒められて、照れ隠しに僕は、別にベテランではないとだけ言っておいた。ついでに拾ってきた松ぼっくりで火種を作り、細い枝から順に火を移してゆく。その様子を感心して見てくれている女性の反応が普段独りきりで生活している僕にはとても新鮮だった。

やがてぐつぐつと鍋からいい匂いが漂ってくる。

「そろそろいいかな」

装ってもらった茶碗には白菜や人参に加えて彼女が釣った魚がちゃんと入っていた。ぷりぷりとした白身がとても美味しそうだった。

「これ、何ていう魚?」

「オイカワかな?ごめんなさい、私もあんまり魚の名前には詳しくなくて。だけど美味しそうですね。いただきましょうか」

どうやら、細かいことは気にしない性格らしい。

「うん。食べましょう」

鍋は非常に美味だった。魚と野菜の出汁と調味料が非常に絶妙な加減で丁度良い味付けになっている。二人で無心になって料理を食べた。それぞれ2杯食べて鍋はきれいに空になった。

「ん~、美味しかったですね。ごちそうさまでした」

「ええ。ありがとう。魚美味しかったです」

「どういたしまして。今度一緒に釣りに行きませんか?」

「そうですね。考えておきます」

「うふふ。楽しみにしておきますね」

後片付けを終えて、僕は腹ごなしに森に散歩に出かけた。そういえば、薪を拾っっている時にキノコが生えているのを見かけたな。あれも鍋に入れたら美味しそうだ。また彼女に頼んでみようかな。

鍋のおかげで体が温かい。若干ペースを上げて遠くの方まで行ってみることにした。

紅く色づいた森の中を歩くのはとても楽しい。体が火照っているので、寒い気温が丁度心地よく感じられた。何となく今度栗拾いに行きたいなと思いついた。森を散歩していると、本当に子供の頃の感覚が次々と蘇ってきて不思議な気持ちになる。



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