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陰の青春6

家に着くと、母さんは綺麗にしているわねと僕を褒めて紅茶を飲んでいた。僕もそれに付き合っていた。
「そういや、学校の養護の先生が話あるって言ってたよ。帰ったら教えてくれって」
「へえ、そう。あなた相変わらず保健室に行ってるのね・・・」
「別にいいだろ?」
「まあ、無理に教室に行けとは言わないけどね。先生には連絡しとくわ」
伝える事も伝えたので、僕は部屋に籠もって音楽を聴いていた。明るくなったか。何が僕をそうさせたのかな。
翌朝、目が覚めると、母さんが料理を作っていた。こんな光景も凄く久しぶりで貴重なものに思える。
「おはよう」
「うん」
家で朝食を摂るのは久しぶりだった。いつもは作るのが面倒だから。朝食を食べて、登校中歩いていても、いつもと体調が違う気がした。朝食でエネルギーを充填出来たせいだろうか。今日はどんな一日になるのだろう。

「お、陽。おはよう」
「ええ」
僕は保健室で先生と挨拶をかわし、今日の分の課題を始めた。
「先生、凛花はあとどれぐらいです?」
「ああ、来週くらいだったかな」
「そっか。ようやく戻ってくるんですね」
「あいつ学校辞めるって言ってたぞ」
「え?」
「なんか家に戻りたくないんだと。学校辞めて働くとか言ってたよ。全く」
「そう、なんですか」
「退院までにもう一度会いにいってやれ。お前の方からも説得してくれよ」
「・・・分かりました」

そんな訳でやってきた病院。凛花は部屋で本を読んでいた。
「凛花」
「ん?ああ、陽。おはよう。来てくれたんだね」
僕はパイプ椅子に腰掛けて、凛花を観察する。何だか、落ち着いて見えた。もうすぐ退院だから焦ることもないのだろうか。
「ねえ、学校に戻らないのかい?」
「うん。どうしようか迷っている」
「同じ大学に行こうよ。家を出るのは卒業まで待てないかい?」
凛花は僕をじっと見つめた。
「陽は私に辞めて欲しくないの?」
「うん」
「そっか」
凛花は少し嬉しそうだった。
「分かった。取りあえず退院したら一旦戻るね」
「よかった」
凛花の気持ちなど僕には理解できなかった。両親を亡くしているのも、家に戻りたくないのも。僕は彼女に何をしてやれるだろう。取りあえず、戻ってきたら以前よりもう少し構ってやるかと思った。

「退院おめでとう!」
凛花の退院祝いは先生と議論したあげく、結局保健室ですることとなった。飾り付けは僕がやった。
「退院できて良かったな、凛花。これ私からのお祝いだ」
「ありがとうございます!」
お洒落な時計を先生はプレゼントしていた。結構値が張るように見えるが、先生は気にしてないようだ。
「僕からはこれ」
ハンカチだ。大して高いものじゃない。
「ありがとう。ハンカチは幾つあってもいいしね」
凛花が喜んでくれて良かった。
「さて、今日は存分に飲んで騒ぐか」
学校は休日だから誰もいない。本当にこんなことして大丈夫なんだろうか。
それからも僕らは料理を食べたり、凛花と先生が歌を歌ったり、トランプをしたりして楽しい時間を過ごした。気がつくと夕方になっていたので、お開きとなった。
「楽しかったなー。また、やろうよ」
「そうだな」
駅まで歩きながら、凛花は満足そうだった。
「ありがとね。陽が戻ってこいって言ってくれなかったら私きっと学校辞めてたと思う。本当にありがとう」
「ああ」
「陽の両親は何してるの?」
「海外の大学で教えていると聞いているけど。詳しく走らないな」
「そうなんだ。いいね、両親がちゃんと居てくれるって」
「まあ、ほとんど帰ってこないけどな。綾には先生も僕もいるじゃないか」
「うん。ありがとう」

そして日常が戻ってきた。翌日からは、毎日保健室で顔を合わせる。以前と比べて何かが大きく変わる訳ではなかった。
「やっぱり難しいよ。この英語の和訳問題」
凛花が和菓子を頬張りながら、ブチブチと文句を並べながら問題集を開いていた。
「そういや、陽。今度お家にお邪魔するな」
「・・・いつ来るんです?」
「来週の月曜だな。お母さんには連絡済みだ」
「そうですか」
「海外から戻られたんだな。お母さんとの二人暮らしはどうだ?」
「帰りは遅いから、あまり一緒にはならないですね。特に話もしないし」
「そうか」

日本史の参考書を読みながら、2次試験の問題集を解く。最近は割と正解出来るようになっていた。この調子だ。チラッと凛花の方を見ると、今度は古文と格闘していた。うなっている所を見ると、苦戦中のようだ。
「解けない問題と闘ってても時間の無駄だしさ。文法は覚えたんだろう?単語をもうちょっと覚えた方がいいよ」
「単語ねえ」
「これ、単語集貸してやるよ。全部覚えたら、結構解けるようになるよ」
「ありがと」
なんだかんだで、凛花は病み上がりだから無理せずともいいだろうと先生の判断で、今日は早めに帰宅することになった。帰り道、駅まで共に歩きながら、凛花は何か言いたそうにしていた。
「ねえ、今度どっか遊びに行かない?」
「どっかと言うと?」
「私休みの日は暇なんだよね。本屋でも行こうよ」
「分かった。いいよ」
「じゃあ、日曜日、駅で待ち合わせね」
弾む足どりで去って行った。凛花が幸せであることを祈っていた。

「ただいまー」
「あら、陽。おかえり」
珍しく母さんが家にいた。
「仕事はいいの?」
「ちょっと空いちゃってね。そうそう、今度先生が来るってね」
「ああ、今日聞いたよ」
「学校ではちゃんとやってるの?他の生徒と問題とか起こしてない?」
「そんなことしないよ」
「ふうん。ならいいけどね」
自室に引っ込み、賢治の童話集を開いていた。僕も凛花も先生も皆が幸福になれるといい。そのために僕には何が出来るだろうか。しがない文学少年のこの僕でも世界に対して何か出来るといいのになと考えていた。

うとうとしていると、母さんが呼ぶ声が聞こえた。
「陽、ごはんよ」
携帯を見ると、凛花からメールが届いていた。
「最近、面白い本とかあった?」
「ユング心理学とか結構面白いぞ」と返しておいた。

「陽。学校には友達いる?」
「あんまいないな」
「先生は一人はいるって言っておられたけど」
「ああ、凛花っていう子が一緒に保健室で勉強してるよ」
「へえ。女の子よね?」
「うん」
「可愛い子?」
「まあね」
「ふうん。今度お家に連れてらっしゃいよ」
「本人が来るって言ったらな」
やっぱり親としては僕の現状は心配なものなんだろうか。まあいいか。僕は今の保健室が気に入っているし、無理に教室に行くこともないだろう。

YouTubeでボカロ曲を流しっぱなしにしながら、漱石のこころを読んでいた。先生みたいになれたらいいなと思う。高等遊民みたいに、悠々自適な毎日が自分には一番合っているのかなと思う。先生も若い頃は立派な一角の人物になるのを目指していたと言うが。
取りあえず、もっと知識が欲しいと思った。
今度凛花と本屋に行く時に、出来るだけ買ってくるか。

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