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夏の思い出に涙するフレンチ・ポップスの紹介 -Marc Lavoine, « On est passé à l’heure d’été »

おそらくほぼ誰も知らない。
だってGoogleで検索しても、誰も何も言っていない。
でも個人的に大好きな曲。


歌のつくり

マルク・ラヴォワーヌの« On est passé à l’heure d’été »(夏時間)は、パリの夏の情景を歌った曲です。
たいしたメッセージはありません。ストーリーらしいストーリーもありません。
ただラヴォワーヌの、忘れ得ぬ夏の風物が歌われます。
それだけなのに、なぜこれほどまでに懐かしくそしてせつないのでしょう。

理由は3つあると思います。

①だって夏だから
夏ほど「思い出」として、せつなく輝く季節もないのではないでしょうか。
実際には暑くてかなわないのだけれども、「思い出」になると太陽の眩しさだけが残ります。
イメージが現実を超克するのです。それが懐かしさを醸し出すのでは。

②甘い歌詞×渋い歌声
歌詞はひたすら甘いのです。「綿あめ」や色とりどりの花々が出てきます。
おそらく日本人の女性歌手が歌ったら、甘すぎてベタベタかな。
でもラヴォワーヌの渋く重い声だから、ベタベタにならない。
皺皺の思秋期の中高年男性が想う夏の花花と、ピカピカキャピキャピのお嬢さんが想う夏の花花とは、違うのです。

③曲中曲の効果
さらに鍵となるのが、曲中に登場するアラン・スーションの影です。
スーションは有名なフランスのシンガーソングライターです。
散歩をしていたら、どこぞのラジオからスーションの歌が流れてきたのでしょうか。夏で窓が開いていたから、聞こえたのかな。

さて「夏時間」に登場するスーションの「ママ、いたいよallo maman bobo」や「センチメンタルな群衆Foule sentimentale」は、ほろ苦い、メランコリックな曲です。

それゆえラヴォワーヌの「夏時間」を聴く者は、「夏時間」を聴いているのだけれども、まるでBGMのように、自分自身の記憶の中から、スーションの「ママ、いたいよ」や「センチメンタルな群衆」の悲哀と憂鬱がよみがえってくるという、なんとも巧妙な仕掛けです。

かくして以上の3つの要素が相乗効果となって、この曲独特の、甘くほろ苦く郷愁を誘う輝きが生まれているのではないかしらん。

「ママ、いたいよ」

そういうわけで、ラヴォワーヌの「夏時間」を聴く前に、まずは予習としてスーションの「ママ、いたいよ」。

思春期の子どもの孤独を歌ったものです。
「線路を歩いて空き缶を蹴飛ばして」。
「タバコを吸ったけど胸がムカムカする」。
「吐いちゃうんだ」。
「たぶん僕はちょっと繊細すぎるんだ」。
「たぶん僕はちょっと夢を見すぎるんだ」。
「ねえ、ママ。どうして僕はイケメンじゃあないの」とかとか。


「センチメンタルな群衆」

もう一曲の「センチメンタルな群衆」はすでにnoteで紹介しました。

大ヒット曲ですから、フランスでは知らない人はいないわけで、それをラヴォワーヌは自分の曲に入れたわけです。
大衆消費社会の悲哀を歌った名曲です。

いよいよ「夏時間」

では予習も終わったので、いよいよ「夏時間」。
前半部分だけ、ちょっと訳してみました。

J'aime les longues, longues, longues après-midi
(長い長い長い午後が好きだ)
Quand le printemps entre dans l'appartement
(春がアパルトマンに入ってくる)
Quand les journées s'allongent, les jupes se font minis
(日は長くなり、スカートは短くなる)
Alain Souchon le chante, allô bobo maman
(アラン・スーションが「ママ、いたいよ」を歌っている)

J'aime les longues, longues, longues après-midi
(長い長い長い午後が好きだ)
Les longues jambes, les longues filles nonchalamment
(長い脚、細長い娘たちがのんびりと)
Foulant le sol du Luxembourg aux Tuileries
(リュクサンブール公園からチュイルリー公園へと歩く)
Au milieu de la foule sentimentale des gens
(センチメンタルな群衆のなかを)

Barba à papa, baiser sucré
(綿あめ、甘い接吻)
Une paille pour deux, les amoureux peuvent s'y coller
(ストローは1本、ふたりのために。恋人たちがくっつけるように)
Y'a du lilas dans les pensées
(サンシキスミレに、ライラック)
Y'a pas de doute, on est passé à l'heure d'été
(たしかに夏時間なんだ)



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