夏の終わりはいつも静かだけれど
いつまでもいるような顔しておいて、いつのまにかふっといなくなるヤツだもんね。
薄情な恋人の話ではない。夏の話だ。
8月28日、 日曜日。
8月もあと3日と少しで終わる。
立秋はとっくに過ぎて、今は処暑。
そうは言っても、昨日の日中は30度を超えていたし、ノースリーブじゃないと耐えられなかった。確かに今日は涼しいけれど、どうせまた暑くなるんでしょう?と思うくらいには、心身が最近の猛暑を受け入れつつある。
それでもやっぱり、空も草花も確実に秋の雰囲気を纏いつつあって、なぜだか落ち着かない気持ちになるのだ。
青空を背に鮮やかに咲いていた百日紅が、気づけばまるで違う花のような顔をして、足元に落ちていた。
毎日、少しずつ夏が消えていく。
そんな世界に焦る気持ちを自覚した時、とても不思議な気分になった。
夏は苦手だ。
暑いのも、湿度が高いのも、日光がギラギラと容赦ないのも、そのくせ一歩室内に入るとバカみたいに効いた冷房で体がびっくりするのも、全部苦手。
早く夏が終わればいいのに、と思ったことは、両手でも足りないくらい。
それなのに、いざその時が来るととても名残惜しいのはなぜ?
答えは簡単で、不満は多々あれど、それでも私は夏を楽しんでいたし、夏だからこそ見られる景色が好きだったのだ。
空色という言葉がぴったりの青空と、ぽってり浮かんだ雲。
都会でも姿を見せてくれたアオスジアゲハ。
早過ぎた梅雨明けにも負けず、ひっそりと咲く6月の名残り。
静かに降る7月の雨。
くっきりと濃く落ちる葉の影。
そして青空を背にしても負けない百日紅のピンク。
ささやかなようで、鮮やかな景色が、私にとっての夏の思い出。
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