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死に関する表現

中国語には「死」にまつわる語句がいくつかあります。しかしやはり、日常的にはあまり使わない語句だからなのか、多くの中国語非ネイティブは、その用法を間違って覚えているように感じます。そこで今回は、「死」にまつわる中国語に焦点を当てて、掘り下げて考察していきたいと思います。

死にまつわる語句でもっとも直接的な、「死ぬ」に当たる語句は中国語でも日本語と同じように「死(si4)」で表現されます。さらに言うと、死を意味する語句(文字)は、この語句以外には多くはありません。裏返すならば、「死」にまつわる中国語の語句は、この「死」という文字を中心にさまざまな語句が組み合わさるパターンが多いと言えるでしょう。

具体的に言うならば、中国語においては
(死に至る要因)+(その結果、死んだ=つまり「死」)という構造になっている場合が多いですね。分かりやすい例を挙げましょう。

例えば、中国語の「病死(bing4si3)」という語句。
日本語と同じように病死(びょうし)の意味だといっしょくたに理解している人が多いと思います。しかし語句の文字構造をよく見てみると、「病(病気に感染して)」+「死(死ぬ)」となっていることが分かるでしょう。この場合「病」という文字自体には「病にかかる」という意味しかなく、「死ぬ」と言う意味はありません。

同じように「溺死(ni4si3)」の場合、「溺れて」、その結果「死ぬ」という文字構造になっています。この場合「溺」自体に「死ぬ」という意味はないのです。

幸か不幸か、「病死」も「溺死」も、日本語の中にも存在する語句なので、多くの日本人はこの語句の構造に気付かずに、「病死」や「溺死」を一かたまりの語句としてとらえてしまっています。ここに落とし穴があると言えます。

「病死」も「溺死」も1文字+1文字=2文字の語句ですが、ならば、「窒息死亡」はどうでしょうか。

死に至る原因が2文字になっただけで、これも同じロジックです。「窒息(窒息して)」+「死亡(死亡した)」という語句構造であることが理解できると思います。中国語では前後の文字バランスを整えるという意味から「死亡」というようにあえて2文字の語句を選んでいるだけです。

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ここまでは「死(自然死)」について解説してきました。自殺(自死)についても実は同じようなことが言えます。

中国語においては、「自死行為」を意味する言葉はたくさんありますが、語句構造は一般的には先ほどの「死ぬ」と同じで

「自死行為」+「死に至ったことを示す語句」

といった形で示されます。

しかしここで、日本語と中国語の違いを指摘しておかなければなりません。

日本語の「自殺した」という語句には、「自殺して」「その結果死に至った」という、両方の意味が含まれています。しかし中国語ではその限りではありません。このため中日翻訳の際には、この違いを正しく理解していないと痛い目に遭うことになります。

私は先日のツイッターで次のようなツイートをしました

つまり、「自焚」は、「自焚」のみならば、自死に至る行為をしただけであり、死に至ったどうかの意味までは含まれていないのです。中日の翻訳者はこの違いに、しっかり意識を集中させることが必要です。

とはいえ自死に至る行為を行ったのはこの語句からわかるわけですから、私ならば「自焚」を「焼身自殺を図った」と訳します。体言止めならば「焼身自殺未遂」とも言えますね。一方でもし「自焚致死」ならば、「致死」が(既に)「死んだ」という意味の語句ですから、「焼身自殺をした」と訳すべきでしょう。

同じようなことは「坠楼」「上吊」などなどにも言えます。これらの語句に飛びついて、「飛び降り自殺をした」「首つり自殺をした」と訳す前に、必ず「死に相当する語句」があるかどうかをしっかり見極めておきましょう。
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最後に。「死んだことに相当する語句」は「死(si3)」以外「ほぼ」ありませんと冒頭で語りましたが、すべてがすべて「死」で表現されるわけではありません。

例えば自殺ならば「自杀」と言う言葉があれば「自分で自分を殺した」と言う意味なので、「自殺した」と訳せるでしょう。

この他、銃殺にあたる「毙(bi4)」も、「銃撃を受けて」「死んだ」ことを示す語句です。「亡」も「死亡した」ことを示す語句として「伤亡」といった使い方で使われます。

一番悩ましいのは安倍さんが殺されたときにも使用された、「遇刺」でしょうか。しかし「遇刺」の語句自体には「死ぬ」と言う意味はありません。このため「暗殺された」と訳してしまうと、対象者が既に死んでしまったことになってしまいます。私はこのような誤解を避けるため、同じ文章の中で、「死亡した」との表現がない限り、「襲われた」と訳すようにしています。

結局のところ中国語においては、自殺にせよ、病気にせよ、文中に「死を示す」語句がなければ、未遂(まだ生きている)であることがほとんどです(例外もありますが)。必ず「死を示す」語句が同じ記事中にあるかとうかを確認して慎重に翻訳するようにしましょう。

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さらに付け加えて。

中国語には死生観からか、「死」を「オブラートに包んだ」言い回しも存在します。「轻生qing1sheng1」は自殺の婉曲表現ですし、「夭折(yao1
zhe2)」は若年者が亡くなった時に使う表現です。「不治(bu4zhi4)」は病院で治療を受けていた人が亡くなった場合の表現ですね。

これら挙げた言葉以外にも「死」に関する語句があるかもしれません。ともかく繰り返しになりますが、翻訳しているときに自殺や病気に関わる言葉が出てきたときは、はやまらず、必ず「死んだこと」を示す語句が文中にあるかどうかをまず確認する癖をつけましょう。


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