隠れた主語に気付けるか
早いもので、私がnoteでの執筆を始めてから、2年と8カ月。今年の6月で3年を迎えることになります。
そもそもこのnoteを始めたきっかけは、中日の翻訳者の人たちの翻訳の質向上を願ってのことでした。
私は仕事柄、日常的に他の人の訳文に接する機会があるのですが、「何を言っているのか(いいたいのか)さっぱり分からない」日本語の訳文を目にする機会が最近多くなりました。
「こんな程度の訳ならグーグル先生にまかせればいいや」。中国語を全く知らない人がこのような感想を持ったならば、翻訳者としてこれほど悲しいことはありません。
中国語のニュース記事を前にして、「いかに原意を壊さずに自然な日本語を構築できるか」。それが当noteの趣旨でもあります。
そこで今回は、中国語の原文を「自然な日本語」に訳す場合に気を付けるべき「重要な注意点」をもう一度おさらいしたいと思います。その重要点とは「主語を揃えること」です。
中国語を日本語に訳すに当たっては、「主語をどうするか」という問題は極めて重要です。なぜなら主語の選択によって、日本語の訳文の質が大きく変わるからです。
一般的に日本語の文には次のような重要な特徴があります。
しかし中国語はその限りではありません。途中で前触れもなく突然主語が変わることは多々あります。一番最初に置かれた語句が主語であるとも限りません。
ですから中国語文を日本語に訳す場合は、ただ原文通りに漫然と訳すのではなく、中国語の原文の中で統一できる主語をしっかり見極め、できる限り「1つの文に1つの主語」にしてあげると「自然な日本語文」にぐっと近づけることができるのです。
そのあたりのことについては、過去の私のnoteの記事で何回か取り上げました。
今回は実践編ということで、先日格好の例文の材料が見つかったので皆さんにご紹介してシェアしたいと思います。2月16日開催の外交部定例記者会見の際の問答です。新華社の記者の質問内容です。
今回私が解説したいのはこちらの部分ではないのですが、ウォーミングアップということで、主語をはっきりさせるために、日本語訳の主語を強調して訳出してみます。
どうでしょうか。この質問部分については、原文の主語をそのまま訳文の主語にしても差し支えなく翻訳できるので、皆さんも間違えることなく訳出できたのではと思います。
問題は汪文斌外交部報道官の回答部分です。
問題は文字を強調してある「两国政治互信持续深化,战略协作密切有效,各领域合作扎实推进,共同致力于推进世界多极化和国际关系民主化,推动构建人类命运共同体」の部分です。ここを皆さんならどう訳しますか。
そのまま何も考えないで訳すならこうなります。主語を強調文字にしてみます。
読んでみて少々違和感を感じませんか?
そう違和感の源は「世界の多極化と国際関係の民主化の推進に共に尽力し、人類の運命共同体の構築を推し進めている」です。
先の「助詞の『~は』『~が』の前に置かれた語句が主語となり、途中に新たな主語が出現しない限りは、その語句が最後までその文の主語であり続ける」という日本語の特徴にのっとるならば、「世界の多極化と国際関係の民主化の推進に共に尽力し、人類の運命共同体を推し進めている」の主語は直近の「各分野の協力」になるはずです。
「各分野の協力は」「共に尽力し」、「推し進めている」という文章は日本語としてどうしてもおかしいですよね。ならどうすべきか。
ここで、注目したいのは「主語を揃える」というテクニックです。そもそもこの文章が分かりにくくなっているのは、主語が「両国の政治的相互信頼」「戦略的協力」「各分野の協力」と3つも乱立しているからでもあります。
しかしよく見てみると、これら3つの主語は「両国の」「政治的相互信頼」、「両国の」「戦略的協力」、「両国」「各分野の協力」といったように「両国」と修飾・被修飾の関係にあることがわかります。
ならば主語を「両国」に揃えることができるのではという考えに私はたどり着きました。
では「両国は」という主語で訳出した場合、どうなるか見てみましょう。
「両国」を主語にしたことで、各文節の動詞を「深める」「行う」「推進する」といったように他動詞に置き換える必要がありましたが、最後の「推し進めている。」まで、「両国」という主語できれいに統一できました。
・・・というわけで汪文斌報道官の回答部分の日本語訳を通しで訳出してみます。
どうでしょうか、このような「主語をそろえることができる」翻訳の型は、実は中国語のニュース翻訳においてはたびたび目にすることができます。このテクニックを覚えておくと、一段上の質の高い訳文を創出することができるので参考にしてみてください。
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