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日本語訳における「主語の位置」

私はこれまでnoteの記事で、度々中国語→日本語の「変換力」について言及してきました。それは私自身、ニュース翻訳の本質は「いかに原意を崩さないで、かつ万人が読むに堪える形で、外国語の文章を指定の言語に変換できるか」ということだと考えているからです。これは正確性、速報性が求められるニュース翻訳だからこそだともいえます。

しかし覚えておいてほしいのは、どのような文であれ、翻訳の答えが1つだけというのはほぼないということです。翻訳においては、1つの言葉(文章)に対して10の訳語が存在するというのはざらなのです。特に中国語はそれが顕著に現れます。そのような多くの選択肢に対して、中国語翻訳者は一番適した選択肢を取ることになるのですが、ここに中国語ニュース翻訳者のセンスや言語能力が試されるわけです。だからこそ、私は「いかに原意を崩さないで、かつ万人が読むに堪える形で、外国語の文章を指定の言語に変換できるか」という本質にこだわっているのです。

そのような考えの下、私は先日の記事「翻訳で求められる『変換力』」で、訳語をどのように適切に選んだらいいのか、訳文をどのように整えたらいいのかというテクニックの一部をご紹介しました。今回はその続編として、「主語の位置」という面から解説したいと思います。

日本語は一般的に、語順の自由度が高い言語だといわれています。このことはすなわち日本語訳の時に、1つの原文からいくつもの訳文のバリエーションを生み出すことが可能だということにもなります。例えば、先日の記事「翻訳で求められる『変換力』」では次のような例文をご紹介しました。

中英在双边和多边框架内沟通协调的渠道非常畅通

前回はこの文についていくつかの「訳文の候補」を提示しましたが、私はその中で次のような訳文を最適解としてご紹介しました。

中英は2国間、多国間の枠内において、意思疎通と協調のルートを非常に円滑にしている。

しかし「主語の位置」という観点から言うならば、日本語の訳文としてはここからさらに、次のようなバリエーションも考えられるでしょう。

▽2国間、多国間の枠内において、中英は意思疎通と協調のルートを非常に円滑にしている。

▽2国間、多国間の枠内において意思疎通と協調のルートを、中英は非常に円滑にしている。

これらは主語の位置が違うだけで、意味は全く変わっていません。ある種「どちらも正解」といえる文章です。

しかし一般的に言うならば日本語文においては、「修飾語と被修飾語」「主語と述語」をできるだけ近づけることがとても重要です。

こうすることによって、どのような文構造なのかということを読者に一瞬で知ってもらうことができ、これが「読みやすい文章」につながっていくのです。このため私は、ニュース翻訳の際にはできる限りこれを実践するようにしています。この例文の場合私ならば、「2国間、多国間の枠内において意思疎通と協調のルートを、中英は非常に円滑にしている」という訳文をチョイスします。

もちろん修飾語と被修飾語の兼ね合い、主語と述語の兼ね合いで、容易に主語を動かせない文に遭遇するかもしれません。そういう場合は「読みやすさ」を損ねてまで主語を「絶対に」移動しなければならないとは言いません。あくまで「読者が理解しやすい文」という観点から主語の位置を考えることです。何せどこに主語を置いても「どちらも正解」なのですから。

さらに発展形として、次のような文はどうでしょうか。

2国間、多国間の枠内において意思疎通と協調のルートを非常に円滑にしているのは中英だ。

この文は補足として提示してみました。というのはこの文のニュアンスは原意とは少々異なっているからです。

一般的に、日本語においては「~のは、~だ」構文で語句を最後に持ってくると、その語句を強調することができます。対して中国語は、強調したい語句を一番初めに置いたり、「是~的」構文で「是」の直後に置いたりする傾向が強いと言えます。この違いを実感してもらうために、あえて「中英」を一番後ろに置いた文を提示してみました。

このテクニックを知っていると、原文に即した的確なニュアンスを出せる日本語の訳文を作れるようになります。ぜひ覚えておくといいでしょう。

「原文を直訳した文」は辞書とにらめっこしながら訳出すればできるわけですから、ある意味とても簡単です。しかし「日本語としてこなれた文」「日本語として読みやすい文」「成果物として『表』に出してもいい文」ということになれば話は別でしょう。極端に言うならばグーグル翻訳であるか、それともちゃんとした翻訳であるかという違いにも似ています。私のnoteを見て下さっている人たちは「こなれた文」を追求していらっしゃる方だと思っているので、私の記事を参考にしてぜひこのような「選球眼」を養っていただければ幸いです。


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