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きっと居場所が欲しくて音楽を聴いているのかもしれない

煙草を押しつぶした。
火種が消えていなかったらしく、灰皿の中で煙を立てている。
消し直そうとしたが、さっきまで口に触れていた箇所が灰に塗れていたから触るのをやめた。
喫煙者とはいえ煙草の匂いは苦手だ。
ジャズが聴けて煙草が吸えるこの店は重宝している。

さっきまで隣に座っていたカップルはバイト先の客とスタッフの悪口を言いながら出て行った。

座っている席のすぐ脇にある本棚から雑誌を取り出してジャズの記事を読む。聴いたことない曲名と聞いたことのないアーティスト名が羅列されている。中高生頃からジャズを聴き始め、TSUTAYAで適当にCDを借りたり、ジャズファンが集まるバーに足繁く行って沢山教えて貰ってもなかなか固有名詞すら覚えられない。

大人はジャズが分かるもんだ、と思い続けて背伸びをしながら聴いてきたがそう易々と分かるものではない。
クラシックと違い、ジャズは同じ曲でも、同じアーティストでも録音が違うだけで曲風が全く違う。それが面白いし熱い。

これはベンウェブスターだとか、ソニーロリンズだとか、コルトレーンだとか、これはいついつのライヴの音源だとか、ここのコード進行が凄いとか、早くそういうことを言ってカッコつけてみたい。

昔、この店は店名が違った。
学生運動全盛期だったその頃、学生の間ではジャズがブームだったらしい。当時はジャズを真剣に聴きにくるお店で、喋ることは愚か、本を読むことさえもできなかったようだ。ソーサーとカップのカチャという音にも厳しく、客は店員に野球のサインを送るように無言で注文していたらしい。
まさに正統派のジャズ喫茶。排他性が強そうで今の僕なんかは店に入ることさえ躊躇しそうだ。

まだ大学進学率が10%前後だった当時の学生は、エリート意識があったからなのか、学生運動やジャズという型破りなものに身を置くことで、体制や国家という既成概念の枠を飛び出そうとしたのか、或いはそこにユートピアを見ていたのか。

今では激しくイチャつくカップルがいたり、ロック談義をしているフリーターらしき人や、同伴らしき人、煙草の匂いにやられながらこうやってボチボチスマホをいじっている人もいる。

辛い辛い営業時代、よくここで暇を潰していた。
ジャズを聴くと何となく罪悪感が薄れる気がする。
サボっている自分を無理に肯定させるためか何なのかわからないが、ろくに仕事をしない浮き草のような自分に居場所やアイデンティティ的なものを与えてくれている心地になる。

今日どうして新宿に来たのか。
特に理由があって来たわけではない。
家に引き篭もってると何となく罪悪感を覚える。
出かけたからといって何かを生み出すわけではない。本屋だけでは気が済まなかった。やっぱり僕にとってこの店は、ジャズは、居場所を与えてくれる。

コーヒーをおかわりした頃、曲が変わった。
テテ・モントリュー・トリオの『Sweet Georgia Fame』だ。
少しはジャズ分かってきたのかもしれない。

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