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村上春樹の新刊の雑感

村上春樹の新作書き下ろし長編の『街とその不確かな壁』を読んだ。小説ないし文学の感想というのは、読んですぐに出てくるものではないだろうが(あとからじわじわ効いてくるものだから)その感想を雑に書く。箇条書きです。

・読んでどうだったか? ありきたりな言い方になってしまうが、すごくよかった。村上春樹の長編は一応全部読んでいるのだけど、上位に入る出来じゃないだろうか。というより、彼の作品は作を重ねるごとに進化しているというか、時代に合わせて的確に変化している。文体も洗練され続けている。読みやすい。

・リアルタイムで新刊を追えることが嬉しい。よくアイドルファンが「推しと同じ時代に生まれてよかった」と言うのを聞くが、その気持ちが少しわかった。(村上春樹を「推し」としては見てないけど)。作品の中に込められた息吹の鮮度が新鮮に感じられる。

・ご存知(?)の通り、今作はリライトされた作品でもある。『世界の終りとハートボイルド・ワンダーランド』を読み終えたときに「え、これで終わりなんか」と思っていた。でも今作ではしっかりケリをつけた感があって、納得のいく終わり方だった。

・村上春樹の主張が分かりやすく伝えられているというか、これはほとんど彼自身の声じゃないかというところが散見された。例えば、「私」がカフェの店員さんと懇意になって会話をするシーン。コロンビアの作家を引き合いに出して会話がなされる。

「彼の語る物語の中では、現実と非現実とが、生きているものと死んだものとが、ひとつに入り混じっている」と彼女は言った。「まるで日常的な当たり前の出来事みたいに」
「そういうのをマジック・リアリズムと多くの人は呼んでいる」と私は言った。
「そうね。でも思うんだけど、そういう物語のあり方は批評的な基準では、マジック・リアリズムみたいになるかもしれないけど、ガルシア=マルケスさん自身にとってはごく普通のリアリズムだったんじゃないかしら。彼の住んでいた世界では、現実と非現実はごく日常的に混在していたし、そのような情景を見えるがままに書いていただけじゃないのかな」

576ページ

似たようなことを村上自身が語っていたのを思い出す。作家の川上未映子が村上にインタビューした本の中で、彼はこんなことを言っていた。やや長いが引用する。

村上  例えば僕は、「この世界が神秘的で幻想的な世界だ」とはとくに思ってはいま せん。超自然的な現象もとくに信じないし、 怪談とかオバケとかそういうこともとくに信じない。古いみたいなことにもまるで興味ない。そういう非整合的な現象はあるいはどこかにあるかもしれないけど、またそれを決して否定するわけじゃないけど、 僕とはあまり関係のないことだと思って生きています。 とても散文的というか、非スピリチュアルな世界観です。 でも、僕にとっての物語をどこまでもリアリスティックに描いていこうとすると、結果的にそういう非整合的な世界を描くことになってしまいます。わけのわからないものがどんどん登場してきます。 それが、「世界を神秘的、 幻想的と考える」ことと「世界を神秘的、幻想的に描いてしまう」ことは別の話だと いう発言の意味です。

『みみずくは黄昏に飛び立つ』新潮文庫 (このインタビューは2017年に行われた)

・そういえば性行為の描写がなかった。全くと言っていいほど。カフェの店員さんと親密になったシーンで、あぁこの後はそうなるんだろうなと予想していたが外れた。性の描写が村上春樹の作品においてよく書かれるのは、身体性を重視しているからだろうと思うのだが、今回はあえて書かなかったのだろうか。

・現実と非現実、生と死、本体と影。村上春樹の作品にはその境界が曖昧なものが出てくる。その関係は物語と読者という関係にも通ずる。読んでいくうちに現実と本の世界が融合していく。そうやって物語を経験していく。
そういう文学ないし物語の意義を伝えているようにも感じた。SNS社会における対抗策としても。

・じゃあ、村上春樹を読んだことがない人に今作を薦められるかどうかと言われると…わからない。「らしさ」全開な、600ページ以上ある本作をいきなり読めるだろうか。

・村上春樹の長編を読むにはコツがいる。そのコツのひとつは「曖昧なものを受け入れられるかどうか」だと個人的には思っている。

・とにかく、買って読んだ甲斐があった。


いずれ、この作品を咀嚼できたらまた記事を投稿するかもしれません。

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