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【読了記録】 『クララとお日さま』(カズオ・イシグロ) 感想

個人的な話から入って恐縮だが、最近色々なゴタゴタがあり、僕は人間的な温かみや優しさを求めてこの小説を手に取った。そしてその選択は大成功だったと思う。
今日はこの小説の感想を、なるべく巻末解説と被らずに述べてみよう。上手にできるかわからないが、やってみる。

AF(友達ロボット)の一生をロボットの眼から詳細に描く

この作品はAF(人口親友)と呼ばれる、高度なAIを積んだロボットのクララが語り手だ。当たり前だが小説というものは人間の手によって書かれている。ここで多くの人がこう驚くのではないだろうか。語り手ロボットじゃん!すごい!楽しみ!と。

結論から言うと、この作品は素晴らしい小説だ。万人に全力でお薦めしたい。
だけどなにしろ語り手がクララというロボットなので、途中読み手は戸惑いを感じることもあるかもしれない。

しばしば出てくるクララの独特の空間認識能力(視界のパーティション分割)はその象徴なのだが、これはどうやらクララがはじめてそれと認識するものに現れるらしい。クララが戸惑った時が多いようだ。ここで僕らはクララが人間でないことを認識させられる。

ともあれ、そんなわけで途中わけわかんねーな、しんどいなと思うこともあるかもしれない。けれど読み出したら必ず最後まで読んでほしいと僕は思った。理由はこのすぐ下に書いてみた。

最後にクララに共感し、シンクロする自分がいた

これまでも結構な数の小説を読んできたが、読み終えて、これほどまでに悲しく寂しく、同時にまた優しく美しい充実感に浸れた小説を、僕はまだ知らない。

そしてこれらの感情は、多分小説の最後でクララの持った感情と同じものではないかと思う。

クララは観察力と洞察力の極めて優れたAFとして描かれているが、読み進めていくうちに、それよりもずっと大事かもしれない様々な点においても、人間に引けを取らず素晴らしいものを持っていると、僕は思った。

AI特有の純粋さを持ち、人間のようにあれこれ自己保身を考えることなく、ただただ献身的に、時には大きな犠牲をも躊躇わずに払って、人間に尽くすクララ。多くの意味で人間よりも利他的なこのクララの姿勢に、感極まって泣いてしまう人もいるかもしれない。

この小説にはたくさんの抽象的な意味での壁が描かれている。けれども僕は、最後にクララはロボットと人間の壁を乗り越えることに成功したのではないかと思う。
読者への読後感と言う形にして、彼女自身の持った感情を人間である僕ら(これまた当たり前だが)と共有できたのだから。そう僕は思っている。

物語の優しさ温もりに、ただただ浸ればいい

ネタばらしをせずに、数多くの暗さをはらんでいそうなこの小説世界の感想を述べるのは難しい。
だけどそんな暗さにも負けず、この作品は始終人間的な温かみに溢れている。

"登場人物の数はそう多くないが、彼らはそれぞれ色々な世界を代表していそうで、実に多様だ。その彼らが小説内で見事に調和を成している。そして終盤での伏線回収の見事さに、ブッカー賞、ノーベル賞作家の力量を見た思いだ……"
というような類のことも、たしかに述べたくなる。

けれどもそういう技巧面での解説はプロに任せて、僕らは物語の優しさや温もりに、ただただ感動すれば良いのかもしれない。

秀逸な巻末解説

幸い鴻巣友季子さんの秀逸な解説があるから、なおさらだ。解説とはこう言うものかと驚いたものだ。

僕らが小説内でぼんやりと認識していながらも言葉にできなかったもの、あるいは僕らの目から隠れていたものを、詳らかに提示して、丁寧で心のこもった方法で説明していく。この解説技術は多くの批評家の方にヒントを与えてくれるのではないだろうか。

終わりに

ともあれ感動する話だから、先にも書いたが万人にお薦めしたい。僕はこの感想を述べるにあたり、技巧面の解説とネタばらしを控えるという縛りを設けた。

表現意欲のある読者の方には、そこまでやっていただきたい。それぞれの方の多種多様な感想を読むことを楽しみにしている。

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