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自分を見失ってから、自作フリーゲームが「窓の杜」に掲載されるまで(2/2)
前編はフリーゲームと直接関係のない個人史の話をしすぎましたが、続きを書いていこうと思います。普通に話を進めるのがどうも苦手だ。
技術的な話やノウハウの話はしておらず、「読み物」のつもりなのでご注意を。フリーゲームに詳しくない人にも読んでほしいです。
【前編はこちら → https://note.mu/sdw_konoha/n/n013ac4fb9803 】
前編では、
・まずRPGツクールとの出会い、
・そしてけたたましい生活の中でのクリエイティブなものの死、
・RPGツクール2000をふたたび起動する
というところまでお話しました。その続きです。
ゲーム制作という創作
自分にとって何かを「表現する」ということは、結構なエネルギーと集中力が必要なので、コンディションが悪いとうまく形になりません。
すごく月並みで陳腐になるか、複雑かつ抽象的で他人から見ると意味がわからないものになるかです。
しかし、「合理的・論理的な判断や計算」はあまりコンディションに依存せずに行うことができるという性質があります。
なので、このとき作ったゲームはそういう思考的な(戦略的な)要素が多めでした。
RPGなのでストーリーもあるけど、とても簡素で下手くそなものだったと記憶しています。でもそれが、その時点の限界だった。
「説明する」(ゲームのチュートリアル)という能力も一時的にかなり低い状態になっていたので、「ゲームシステムがわかりにくい」という声ももらいました。
プレイの中で徐々に理解してもらうというような現代的な形式ではなく、昔ながらの説明書のように文字がずらずらと表示される形式でしかシステムを説明できませんでした。
そのかわり序盤はてきとうな操作でも、とにかく動かしながら覚えられるようにしておきました。
RPGツクール2000のパッケージと裏面↓↓
(このnoteにて埋め込んでいるツイートは全て他の方のものであり、画像は他の方の作品のものです)
RPGツクール2000での制作画面の一例↓↓
コマンド式戦闘のイメージであり、他の方の作品の画像です↓↓
ストーリーの内容は、魔族の青年が人間に復讐しようとするが、圧倒的な数の差の前になすすべもなく敗れるみたいな話だったと思う。たしか。
この作品はまだネットの海のどこかに漂っているのかもしれないし、もしかしたらもう消えているのかもしれない。恥ずかしい気持ちになるので、あえて探してみようと思っていない。
唐突な話だけど、自分の中で普通に作って完成させたら、気づいたらこの作品は「窓の杜」で紹介されていた。他のフリーゲーム人気投票みたいな企画にも、下のほう(票数が少ない)ながらもタイトルが挙がっていたりした。
もっと制作の苦労とか工夫とか、何かとの出会いで飛躍的に進展したとか、そういうエピソードが書けるかなと思っていたけど、特に出てきませんでした。むしろ短期間で一気呵成に仕上がった。
二作目以降はとくに注目されることはなく、つまりは一発屋みたいなものなので、ノウハウ的なものを共有することはできそうにない。
そして内面的な話ばかりしてきたけど、その他の部分では特に努力した記憶がない。楽しくやってただけで、特別な対策などを考えていたわけじゃない。
やはり自分自身でもよくわかっていない。やりたいことをやって、気づいたらという印象だ。運が良かったのかもしれない。
これ以上どんな風に語ればいいのか、現時点では自分にもわからない。
もっと地に足の着いた普通のエピソードとして書こうと思ってたのに、結局こんな感じになったなぁ。これ以上時間をかけても筆が進みそうにないので、とりあえず投稿します。
さて、フリーゲームは「懐かしい」という印象を持たれることも多いけど、今でも発表できる場所が脈々と続いているし、一定のプレイヤー層も居続けています。
ブログにてかなり多数の作品をレビューしてきたので興味がある方はぜひどうぞ。おすすめもまとめてあります。
関連:200本以上遊んで選ぶ、おすすめ名作フリーゲームRPG 9選
あとがき:苦手な具体的描写の文章を控え、画像を使うという判断
(!このnoteを書いてる途中で気づいたこと)
文章ってある程度なら誰でも書けるじゃないですか。でも真面目に向き合い始めると無限に奥が深い。
ここで前衛的な小説の話を始めたいというわけでなく、文章とひとくちに言ってもその中にもジャンルがあるということです。
・今のネットのメインストリームともいえそうな、カジュアルなエッセイ
・小説や詩(描く対象から一旦距離を置いて、作品として世界を成立させる)
・感情をストレートに表現する文章、客観的に議論する論理的な文章、人を動かす文章、事務的な文章、その他いろんな分野がありそう
これらに求められる能力は相当異なっていると思います。
その中で自分は「具体的に情景を描写する」ということが苦手だと改めて気づいたので、これと正面からぶつからないことにしました。といってもある程度はどうしても必要になってくるだろうけど、うまいやり方を考えていく。
(関連:前に具体的に情景を描写したときのnote → いつもの喫茶店で聞こえてきた男性二人組の"興味深い"会話に、考えさせられた)
今回だと画像を使うことで弱みに引きずり込まれることを避け、得意な部分に注力しようとしました。
時間をかけて文章で下手に描写するよりも画像を一枚貼ったほうが、読む側にしても楽だしわかりやすいんじゃないかな。学びですね。
あとゴールを決めて書く(「窓の杜」に掲載されるまで)のも苦労したな……。書いてみないと何が書けるのか自分でもよくわからない。
タイトルと内容のずれが最近増えてきてるなと自分でも思ってます。明確なゴールを定めるのもこれからはほどほどにしておこう……。縛りが増えると活きない人間だ。
定期的な注意喚起:noteでは攻撃的なこともよく書いてますが、それを読んで「自分もその悪いことしてるかも?」と考えをめぐらせるような人のことは叩いてません。
「ひどさの度合い」を具体的に指定して語っていないので、「当てはまっているかも」と思わせてしまうかもしれませんが……。そういう人はたぶん悪くないと思いますよ。
誰しも不完全な人間なので、「善い人」の中にも「悪い人」と共通する性質が少しくらいはあると思ってます。完全クリーンは無理じゃないかな。
書く意図としては真に邪悪な存在に抵抗したいだけで、誰もが可能な限り自由であってほしいと思ってるし、やりたいことを我慢したほうがいいのかなとか、自分は間違っているのかなとか、そういう窮屈さを感じさせることは本意でなく、もしそうなっていれば申し訳なく思います。むしろ活力を少しでも感じてもらえればうれしいけど、書く難しさを感じますね……。
あまり守られない次回予告:痛みとか苦しみについて攻撃的に語ることが多かったので、そろそろ潤いとか癒し系の守備的なテーマで書きたいです。
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