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第3回オンライン講座 「地域を知るためのリサーチとデザイン」 ゲスト:吉田葵さん

ランドスケープデザインとは、読んで字のごとく風景を作る仕事。

同じ風景を見ていても、人によって見るポイントは大きく異なります。ランドスケープデザイナーの視点から、地域に広がる風景はどう見えているのでしょうか。

歩いてフィールドワークを行ったり、地図を見て俯瞰してみたり、リサーチのやり方は様々です。その視点について学んでいきましょう。

2021年1月8日に行われた第3回白山・手取川流域地域デザイン・SDGsビジネスセミナーでは、ランドスケープデザイナーの吉田葵さん(AOI Landscape Design)をゲストにお迎えしました。

吉田さんはオランダのランドスケープデザインを行うH+N+S Landscape architectsに勤務された後、現在は石川県珠洲市などで活動を展開されています。何気ない地域の風景をどう読み解くのか、そして、オランダと日本の業界的な違いなどにも迫ります。

セミナーの講師として進行役を務めるのは、前回同様に、金沢工業大学 SDGs推進センター長の平本督太郎さんと、ランドスケープデザイナーの三島由樹さん(株式会社フォルク)。今回はどのようなディスカッションが行われたのでしょうか。

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白山・手取川流域地域デザイン・SDGsビジネスセミナーでは、地域づくりの最前線で活躍するゲストを迎えてディスカッションを実施しています。2020年12月から21年1月までの2ヶ月間で、全4回のプログラムを実施中です。

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当日の流れ
19:00-19:05 セミナーゲストのご紹介
19:05-20:00  ゲスト・吉田葵さんの発表
20:00-20:55 ディスカッションや参加者からの質問
20:55-21:00 次回の案内・終了

ゲスト・吉田葵さんの発表

発表は、日本とオランダにおいて関わってこられたプロジェクトの事例紹介を中心に行われました。まずは、ランドスケープデザインの考え方について紹介いただいた後、事例紹介という流れで進んでいきました。

吉田さんランドスケープデザインは「風景を作る仕事」だと考えています。そのためには、まず土地を読み解くリサーチを行います。この写真を見ると、海に注目する人もいれば、黒瓦の家に注目する人もいるでしょう。人によって見ているポイントが異なるのです。海、黒瓦の家、緑、いろんな要素が詰まって、風景が形成されているとわかります。

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石川県珠洲市の事例

事例紹介ではまず、現在取り組んでいる能登半島の石川県珠洲市のプロジェクトについて紹介していただきました。この土地に来てから、最初に取り組んだのがフィールドワークだったそうです。

吉田さんまずは石川県珠洲市蛸島町の事例を紹介します。この地域は、世界農業遺産に登録されており、自然が豊かな場所です。「あえのこと」などの伝統芸能もあります。埋もれている資源の中に新たな視点を発見できたらと思い、まずは昨年、リサーチのためのフィールドワークを行いました。

蛸島だけでなく珠洲市内の他9地区も調査することで、当該対象地の特質などが浮きぼりになってきたそうです。フィールドワークにおいて大事にしていることは、その土地に住んでいる人に話を聞くこと。小さい頃の暮らしぶりや、どこで遊んでいたのかなどのヒアリングも行なったそうです。

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また、フィールドワークで一つ一つの風景に着目するだけでなく、それを地図で俯瞰的に見ることで、新たな発見もあったそうです。

吉田さんフィールドワークだけでなく、町を俯瞰して見ることも大切にしています。例えば、農業用水がどこを通っているのか、海に出るまでの水の流れはどのように作られているのか、祭りに使われる巨大な灯篭「キリコ」がどのようなルートで町を練り歩くのかなどに着目します。

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このリサーチの過程で、吉田さんはある面白い発見をしたそうです。

吉田さんそれから、土地のカタチも注目すべきポイントです。地図をご覧いただくとわかるように、町の形が海に対して直角なところと、山に対して直角なところがあります。双方が交わるあたりで少しズレが生じていて、三角形の土地が生まれています。実際に現地を歩いてみるとわかりますが、その三角形の余白の部分に生活の営みがにじみ出ていて面白いです。

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吉田さん:例えば、右下の写真では三角形の土地の余白の部分に植木鉢に植えられた花が置かれています。空いたスペースをうまく活用しようとしているのです。

この石川県珠洲市蛸島町で行なったフィールドワークをもとに、今後は空き家を活用して、ローカルツーリズムの拠点を作る計画があるとのこと。地形的な特徴などを見極めながら拠点となる空き家を整備したいそうです。

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京都府の事例

続いて、京都で行なったプロジェクトの事例もご紹介いただきました。人口減少が進む都市で、様々な生き物が共存していく空間を作る「マルチスピーシーズ」の実現を目指す構想を練ったそうです。

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吉田さん:京都を歩いてみると、細くて長い京町家や、野菜を作った人の名前が書かれた立て札の置いてある農園など、様々な印象的な風景に出会いました。一方で、家が大きい割に、個人の家の庭が小さいことが課題だと感じました。生き物と人間がともに生きられる環境を整備して、時間をかけながら成熟していくような緑をデザインしたら良いかもしれません。例えば、野鳥を見たいという人がいたら、庭に水場を作るとか、個人の趣味がそこに現れたら面白いです。環境が変化していくことで、多様な庭が生まれます。

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オランダの事例① Room for the River

また、オランダの「H+N+S Landscape Architects」で働いていた時に関わったプロジェクトの事例を2つご紹介いただきました。1つ目はRoom for the Riverというワール川の治水に関するプロジェクトです。

吉田さんRoom for the Riverというプロジェクトに関わりました。洪水を防ぐための治水とともに、空間の質の向上を目的にした取り組みです。オランダでは1990年代に温暖化などが要因で川の水位が高くなってしまい、このままでは水が溢れて危険だということになりました。今までの発想だと、堤防を作ることで治水とするのが主流でした。でも、このプロジェクトでは、(川の水を逃がす)遊水池のようなものを作ったのです。写真の右手に見える川がこのプロジェクトで設けられた「水を逃すための空間」です。

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吉田さんたんに水を逃がすだけでなく、サイクリングパスが整備されるなど、地域の新しい価値も生まれました。オランダはコロッケが有名なのですが、川の水位が下がると値段が少し安くなるという、遊び心がある取り組みまで始まったということを耳にしました。

▼Room for the Riverの詳細はこちら。

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オランダの事例② Room for Energy

オランダは環境に配慮したランドスケープデザインも進んでいるのだとか。Room for Energyという事例をご紹介いただきました。

吉田さんRoom for Energyという取り組みもあります。ランドスケープデザイナーが、ヨーロッパのエネルギー資源の観点から、どのような土地利用が考えられるかを議論するのです。プランニングの絵を書くだけではなく、資源がどれだけあり、工業地帯でどれだけ使われているのかをビジュアライズして数値を出します。

講師の感想

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平本さん(講師):非常に興味深いお話でした。オランダの話は第2回で遠藤賢也さんがお話されたシンガポールとの話ともリンクしており、洪水という脅威からサスティナビリティを考えるという流れでした。では、日本だと地域を脅かすものは何なのかを考えることで、ビジネスチャンスに気付けるかもしれません。最後にご紹介いただいた事例に関して、温暖化による水位の上昇の影響をビジュアライズ化するのはとても画期的ですね。これは日本でも実践が可能でしょうか?
吉田さん技術的な面では可能だと思いますが、やる時に様々な領域の専門家が集まって進めていく必要があります。オランダではプロジェクトによっては、初期段階から土木、建築、地域コミュニティなど、様々な専門家がプロジェクトに参加します。

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三島さん(講師)珠洲市のフィールドワークでは、地域の核となる独自性の部分をきちんとリサーチされていると感じました。探し方も丁寧で、自分で歩くとともにGISなどのソフトも使っておられます。・・・・・珠洲市のプロジェクトの一つの到達点として、ローカルツーリズムと空き家を活用した拠点整備があると思うのですが、どのような方向性をイメージされていますか?
吉田さん実際は、ツーリズムより旅の感覚に近いです。珠洲は電車がなく、バスも本数が少ないため、やはり、ゆっくりとしたスピード感でのツーリズムが向いていると感じています。ガイドによる情報は最小限に留め、旅をしながら自分で何かを発見していくプログラムが、よりこの場所に合っているのではないかと思っています。
平本さん(講師)自分ごと化されるプロセスの中で、地域に対して愛着を持てそうですね。観光地を巡るようなツアーは必ずしも必要でないところが面白いです。最近は国内で、SDGsの修学旅行をしたいという学校も増えています。その際に、誘導しすぎるのは良くないので、どう主体的に足を運んでもらうのかという部分を考えていく必要があります。
三島さん(講師):地域を旅する中で主体的に何かを発見していくことがローカルツーリズムの核になるという考え方に共感しました。その旅の過程で、地域に住む人に話を聞くことが重要でしょう。私自身も地域の人との対話を通して、その土地について多くのことを学んだ経験があります。

参加者から吉田さんへの質問タイム

Q1. 仕事を始めたばかりの若いランドスケープデザイナーはどのようなことに気をつけて仕事に取り組んでいく必要がありますか?

吉田さん伝え方を工夫するのが大事だと思っています。他分野の方々と協働する際には、同じものを見ていても、違った捉え方になる場合もあるので、特に伝え方の工夫は大切だと感じています。
平本さん(講師)普段から業界を超えて知人やパートナーを作って価値観を共有できる環境を作っていく必要があると感じています。オランダではその点に関してどうだったのでしょうか?
吉田さん:オランダで働いていた時は、事務所で働く一方で、大学で独自に研究を行なっている人がいました。自分でフレキシブルなネットワークを作っていく気風がありました。

Q2. 珠洲のプロジェクトでは、環境配慮に対してどう考えておられるのかを詳しく聞かせてください。

吉田さん珠洲の場合は、すでに素晴らしい里山里海があり、その豊富な自然をうまく活用することが環境配慮なのだと思います。
平本さん(講師):先ほどオランダの環境配慮に関する事例を紹介していただきましたが、ヨーロッパと日本では環境配慮の考え方が違います。ヨーロッパでは自然の脅威を克服して乗り越えるという価値観が強いですが、日本ではすでにある自然の魅力を引き出して再構築するという向き合い方をしますよね。その意味では、地域デザインやビジネスの分野でも考え方の大きな違いがあると言えますが、目指すべきもの(SDGsの目標など)は同じです。

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三島さん(講師):そろそろお時間です。吉田さん、今回のセミナーに参加されたご感想をお願いします。
吉田さん今回はリサーチに特化したお話をさせていただきましたが、「持続可能性」というキーワードとともに、自分の活動についても考える機会を頂き、ありがとうございました。

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次回(第4回)のオンラインセミナーは、1月29日(金)19:00から開催します。「地域コミュニティとデザイン」と題し、ランドスケープアーキテクトの河野明日香さん(Public Work)にお越しいただきます。次回がオンラインセミナーの最終回です。この機会にぜひご参加ください。

▼セミナーのお申し込みはこちら。

▼今後のスケジュールはこちら。

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第3回 地域デザイン・SDGsビジネスセミナープロフィール

ゲスト
吉田葵さん
横浜国立大学地球環境過程 植物社会学専攻卒業。東京大学大学院 都市工学専攻終了。株式会社グラッグに3年間務めた後、Academy of Architecture Amsterdam(オランダ)に1年間留学するとともに、H +N +S landscape architectsに勤務。2019年よりアオイランドスケープ デザインを始動。ランドスケープの視点を通して、リサーチからデザイン、まちづくり、設計に携わる。

講師
平本督太郎さん
金沢工業大学 SDGs推進センター長、経営情報学科准教授 日本放送協会(NHK) 中部地方放送番組審議会委員
慶応義塾大学大学院卒業後、2015 年度末まで野村総合研究所にて経営コンサルタントとして、日本 政府の政策立案支援、民間企業の事業創造支援に従事。在任中に社長賞である未来創発ナビゲーショ ン賞を受賞。2016 年に金沢工業大学に着任し、金沢工業大学における第 1 回ジャパン SDGs アワー ド SDGs 推進副本部長(内閣官房長官)賞受賞に、現場統括として大きく貢献するとともに、会宝産 業の顧問として同企業における第 2 回ジャパン SDGs アワード SDGs 推進副本部長(外務大臣)賞 受賞に貢献した。現在、白山市 SDGs 推進本部アドバイザリーボード座長、SDGs に関する万国津梁会議委員(沖縄県) を務めるとともに、経済産業省の SDGs ビジネス関連の補助金制度の選定委員、ジェトロ SDGs 研究 会委員、JICA の SDGs ビジネス関連制度の委員を歴任。

講師
三島由樹さん
株式会社フォルク 代表取締役 / ランドスケープ・デザイナー
1979 年 東京都八王子市生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。ハーバード大学大学院デザインス クール・ランドスケープアーキテクチャー学科修了(MLA)。Michael Van Valkenburgh Associates NY オフィス、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻助教の職を経て、2015 年 株 式会社フォルクを設立。芝浦工業大学、千葉大学、東京大学、日本女子大学、早稲田大学非常勤講師。 国内の様々な地域でリサーチ、デザイン、コミュニティづくりを行っている。

(執筆 稲村行真)

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