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マリオネットの冒険〜壊れたオルゴール

かくしてマリオネットは、世界の秘密を暴く冒険を始めた。
まずマリオネットは、まだ音の鳴り止まないオルゴールと向き合った。蓋を開けると、眩しく輝く黄金色のゼンマイと幾多の歯車が組み合って動くカラクリが見えた。彼は目の前のオルゴールの全ての部品の意味を知りたいと考えた。マリオネットが歯車と歯車の間にナイフを差し込むと回転が止まり、音がピタリと止んだ。ナイフをてこのように動かすと大小の歯車外れ飛び散ったかと思うと、カラカラと音を立てて転がり、マリオネットの隣で倒れて止まった。ネジを回してみたが、オルゴールは鳴らなかった。もはや仕掛けは駄目になっていた。
マリオネットはオルゴールを壊してしまった。

続けて時計にナイフを当てた。ガラスにひびを入れることはできたが、本体は金属製で切ることができなかった。文字盤の後ろはネジで止められていて、そこにナイフを差し込んで回してみると裏蓋がとれ、文字盤と機械仕掛けが丸見えになった。仕掛けは歯車の組み合わせで動いている。オルゴールの中のそれよりもはるかに小さく、沢山の部品が絡み合い規則正しく運動していた。オルゴールと似た仕組みで動いているのだろう。ナイフを差し込めば、オルゴールと同じように壊れ動かなくなってしまうだろう。賢い彼にはそれが分かったので、そのままにしておいた。ショーウィンドウの中で動くものが自分だけになってしまうのは心細かった。
メロディが二度と奏でられなくなり、彼の心から〈懐かしさ〉が消えた。懐かしむ気持ちはおそらく、〈記憶〉を愛することなのである。オルゴールを壊したことで、マリオネットは記憶を愛せなくなってしまった。ショーウィンドウの中に響くのは、時計の秒針が刻む乾いた音だけになってしまった。過去はただの〈記録〉となった。その昔、街灯の下でアダムと練習をした時に、体が踊りを覚えていく快感を抱いた自分自身を信用できなくなった。
「自分は踊ったのではない。男に踊らされていたのだ」
エヴァがマリオネットの体についた汚れを拭い、傷を隠してやるために化粧をした時にくすぐったさを感じた自分自身を信用できなくなった。
「本当に大切にされていたのではない。見栄のために繕われていたのだ」
広場や劇場で観衆から喝采を浴びた時に素直に喜んでいた彼自身を信用できなくなった。
「観客は生身の自分を愛したのではない。彼らが手を叩いて喜んだのは、か弱い人形がナイフを繰るのが滑稽だったからなのだ」
マリオネットは過去を忘れないが、もはや過去の自分を受け入れることができなかった。店にやってくるまでの自分が今よりも承認されていたというのは嘘である。今の自分こそ本物であり、過去の英雄像は虚像である。周りの人間の望むように演じられていた様は確かに器用だったかもしれないが、不自由であった。今は不器用だが、自分が無知であったことを知り、自由に考え動くことができる。操られていた自分は哀れだ。自分を操った人間は残忍で独りよがりだ。この構図を見破れず側からもてはやしていた人間は愚かだ。
要するに、人間というものは馬鹿だ。誰一人として他人を真に大切にしようとはしない。親にもっとも近い存在のアダムとエヴァでさえ、か弱い操り人形に鞭打ち、顔を真っ白に塗りたくったのだ。愛しているが故の行動だろうか、否。彼らは言い訳をし、言い訳をしている卑怯者の自分に気がつくことすら稀なのだ。
「私が自分を愛せないのは、本当の愛を注がれたことがないからだ」
止め処ない思考がマリオネットから生まれ、彼がナイフでものを切るが如く、あるいはそれ以上の鋭さで記憶に襲いかかった。裁かれた記憶の断面は、明かりの中だけを生きてきたマリオネットの途切れ途切れの記録よりもはるかに滑らかに、しかし救いようもなく彼の不安を映し出した。

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