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コロナ禍のギグエコノミー〜ラテンアメリカ諸国における現代の奴隷労働〜

[最新ニュース]#ギグエコノミー #ギグワーカー #労働者の人権 #ラテンアメリカ

「ギグエコノミー」とは、単発の仕事を依頼・受注する働き方で、日本でも少しずつ増えています。新型コロナでロックダウンが続くラテンアメリカ諸国でも需要が伸びています。一方、担い手である労働者の人権が侵害されやすいため、企業に対し早急な改善が求められています

誰でも働ける仕事を創出するビジネスモデル

日本と同様に、メキシコやブラジル、アルゼンチン、コロンビアなどのラテンアメリカ諸国の首都圏では、「ギグエコノミー」「シェアリングエコノミー」と呼ばれるビジネスが多数存在します。

代表的なものは、米国シリコンバレー発の配車アプリ「Uber」(2008年創業)と食品宅配サービス「Uber Eats」(2014年よりサービス開始)。その競合として現れた中国発の配車アプリ「DiDi」(2012年創業)やコロンビア発の宅配アプリ「Rappi」(2015年創業,ソフトバンクが出資)が人気です。

ラテンアメリカ諸国では、新型コロナ発生前から、高い失業率が社会課題でした。そのため、仕事に就くことが難しい若者や、移民・難民として仕事を探している外国人本業だけでは収入が足りない人が、ギグエコノミーの担い手(ギグワーカー)として働いていました。

「いつでもどこでも誰でも働けること」は、労働者にとってメリットのように聞こえます。しかし、ギグエコノミーの最大の問題点は、「ギグワーカーは雇用契約を結ぶ労働者ではなく、個人事業主として捉え、会社側がギグワーカーに必要な保証をしていない」ということです。

具体的には、企業側は、健康保険や社会保険を付与しない、傷病による有給休暇がない、労働災害に対する補償がない、各国の年金システムに対応していない、など、労働問題に発展しています。そして、新型コロナの影響で、その労働条件はますます悪化しています。

新型コロナで労働条件がさらに過酷に

ラテンアメリカ諸国では、世界でも有数の経済格差が大きく、医療サービスが乏しく、貧しい地域まで行き渡らない国がほとんどです。そのため、新型コロナが他国で流行した3月には、多くの国が空港封鎖を含めたロックダウンを開始しました(メキシコとブラジルを除く)。

その影響で、各国の失業率が急激に上昇しています。コロンビアでは9.71%だった昨年と比較し、新型コロナ発生後は21.4%(2020年5月)に、ペルーは6.3%(2019年6月)から16.3%(2020年6月)チリでは7.09%(2019年3月)から11.21%(2020年5月)ブラジルでは(昨年とほぼ同様で)12.3%(2020年5月時点)と、ロックダウンにより、多くの国民が失業し、新しい職を探せずにいるのです。

ビジネスと人権資料センターが指摘するように、失業率が上がれば上がるほど、労働者は生計を立てることに必死になり、あらゆる条件を受け入れて働くことを余儀なくされ、感染リスク雇用の不安定さがあったとしても、ギグワーカーとして働く機会を求める労働者が多くなります。

ギグワーカーたちは、"現代奴隷の被害者"

ギグワーカーは、コロナ禍の厳しい経済危機において、現状の雇用条件に不満が溢れています。メキシコでは6月30日に大規模なデモが起こり、ブラジルでは7月1日に労働条件の改善を求めたストライキが発生しました。

宅配サービスの配達員として働くためには、移動手段であるバイクや自転車、宅配の品物を保管するバックパック、企業のロゴ入りのジャケット、代理購入時に用いるクレジットカード決済機を企業から購入することになります。

その多くが、これらの必需品を購入したことで、借金を抱えながら仕事を始めます。そして、勤務中はスマートフォンのアプリに行動を監視されてることで、常に厳しく勤務時間とサービスの質が管理されます。

報酬に関しては、現地の最低賃金を保証する仕組みはありません。働けば働くほど稼ぐことができる構造ですが、例えば、コロンビアの場合、宅配アプリRappiは、多くのベネズエラ人移民の雇用を支えています。6時間の労働に対して、仕事が多い日は10ドル少ない日は2.15ドルの報酬を得ることができます。しかし、6時間で2.15ドルと言う報酬は、結果的に、コロンビアの法定最低賃金(2020年規定では、1時間あたり約1ドル)を下回っています。こうした法令違反の続く状況に対し、コロンビアの政府はギグエコノミー型のビジネスを推進している企業に対し、労働者の人権を守るよう再三提案していますが、契約形態が改善されていません。

社会保障の欠如、法定外の長時間労働や低賃金、不安定な雇用形態は、まさに現代の奴隷労働の特徴といえる構造です。

日本にも存在する"現代奴隷の被害者"

「現代奴隷」とは、強制労働や人身売買、性的搾取、強制結婚などをさせられている人たちのことで、ILOによると世界に約4,000万人(2017年データ)いると言われます。

ラテンアメリカでも日本でも、「現代奴隷」は、知らないうちに、見えないところで、私たちの経済システムに組み込まれています

日本には、約3万7千人が現代奴隷として暮らしている」推計も出ています(2018年データ)。コロナ禍に急に失業した非正規雇用者も例外ではないでしょうし、この数字はさらに増えている可能性もあります。特に、技能実習制度を利用した外国人労働者に対する人権侵害について、米国国務省の『人身取引報告書』『Global Slavery Index(世界奴隷指標)2018』 などに指摘され続けています。

ラギー原則では、ギグワーカーも人権尊重の対象者

日本では、UberEatsの配達員が労働組合「ウーバー・イーツ・ユニオン」を結成しま低い報酬・運営の透明性の欠如、労災保険や医療費の保証、休業時の補償に関して、UberEats側に団体交渉を応じることを求めました。しかし、「配達員は労働者ではなく個人事業主であるため、団体交渉に応じる法的義務はない」として、対応を拒否したケースがありました。(BRIDGE,2020年1月12日リリース

ラテンアメリカでも日本でも、なかなかギグワーカーの権利が尊重されていませんが、「ビジネスと人権に関する指導原則(ラギー原則)」では以下のように企業の責任範囲を定めています。

" 企業活動と直接関連する,または取引関係による製品もしくはサービスに直接関連する人権への悪影響については,企業がその惹起に寄与していなくても,回避又は軽減に努めること" <出典:ビジネスと人権に関する指導原則(外務省仮訳) 原則 13(b)>

宅配アプリや配車アプリは「雇用を創る」と言う意味では画期的であり、社会にとって正のインパクトを与えていますが、「ビジネスと人権に関する指導原則」で定められている労働者の権利を尊重をできていません。

ギグエコノミー型のビジネスに参入する企業は、自社と取引があるギグワーカーへの責任を認識し、ギグワーカーの人権への負のインパクトをなくし、権利を保証することが重要です。

SDGs(国連持続可能な開発目標)を推進していく企業であれば、「雇用を創る」だけではなく、どんな契約形態の労働者に対しても、それぞれの人権を尊重し、「ディーセントワーク(やりがいのある仕事)を創る」ことが必須なのです。

SDGs(国連持続可能な開発目標)に照らして考えても、ゴール8に示されているように、働きがいのある雇用を保証し、経済成長も実現できる社会を実現することが急務です。

ターゲット8.7 :強制労働を根絶し、現代の奴隷制、人身売買を終らせるための緊急かつ効果的な措置の実施、最悪な形態の児童労働の禁止及び撲滅を確保する。2025 年までに児童兵士の募集と使用を含むあらゆる形態の児童労働を撲滅する。<出典:持続可能な開発のための 2030 アジェンダ外務省仮訳

現代奴隷に依存しない社会を作るために

ギグエコノミー型のビジネスは、責任を持って対処すべき人権課題について、対応が不十分な場合、「ESG投資のSができていない」と投資家から評価され、投融資が受けられなくなるリスクがあります。つまり、現代奴隷のような便利な労働力を活用することで、利益を得ている企業は、ビジネスを続けられない時代なのです。

現代奴隷に依存しない社会を作っていくには、投資家だけではなく、私たち一人ひとりにもできることがあります。

例えば、働いている本人はどれだけ厳しい環境に置かれていても、自分が「現代奴隷」的扱いを受けていると気付いていない可能性もあります。消費者としても、知らないうちに、現代奴隷によって生産された商品・サービスを購入している可能性もあります。

SDGsの達成年である2030年までに現代奴隷のビジネスモデルを根絶していくには、今すぐ取り組めることから始めてみましょう。

<現代奴隷撲滅のために、私たちができること>
●ビジネス:サプライチェーンの人権デューデリジェンスの実施、人権を尊重した方法での根本的原因の解決。
●市民社会(NGO):現代奴隷の存在する商品・サービスの周知・署名・ボイコット等のキャンペーンの実施。
●消費者:現代奴隷に一部でも関わる商品・サービスは購入しない。商品のサプライチェーンに関する情報開示を企業に求める。
●労働者:まずは自分の権利を知る。団体交渉が可能かどうか労働組合等に確認する。自らが現代奴隷に巻き込まれいる場合は、労組や第三者機関、弁護士への相談。

この現代奴隷の抑止のために、イギリスとオーストラリアは「現代奴隷法」を制定しました。詳細については、今後、解説します。

Social Connection for Human Rights/ 鈴木 真代

<参考情報>
BRIDGE, "「UberEats労働問題」で考えるギル・ワークのこれからと「パッションエコノミー"(2020年1月12日配信)

ビジネスと人権ロイヤーズネットワーク, 調査レポート「新型コロナウイルス感染症拡大の人権への影響と企業活動における対応上の留意点」(2020年4月27日発行)

ケン・ローチ監督、映画『家族を想うとき』(2020年公開)

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