見出し画像

【読書日記】カルロ・ロヴェッリ『すごい物理学講義』(河出文庫)

 最近、書店でよく『時間は存在しない』という本を見かけた。哲学書コーナーにもあったので哲学者の本かとおもっていたら、よく見ると物理学者の本で、少し気になっていた。そんなとき、この本を書店で見つけた。どんなタイトルやねん…でもすごそう…とかおもいながら見ているとどことなく既視感が。そう、筆者のカルロ・ロヴェッリは、『時間は存在しない』を書いた人だった!

 しかも、訳者あとがきを覗いてみると、『時間は存在しない』はこの本の内容の一部をさらに展開したものだと書いてある。ってことは、この本一冊読んだ方がお得なのでは?しかもみんな大好き河出文庫だし。あの『時間は存在しない』の著者の本です!みたいなことが帯に書かれてないところが河出っぽくてとても好印象だし。

 こういうわけでこの本との出会いは果たされた。中身の話に移ろう。本書は物理学講義とあるが、大半の内容は相対性理論と量子力学以降の話で占められている。それもそのはずで、この本の最大の目的は、ロヴェッリ自信がその名付け親であり、相対性理論と量子力学の統合を目指す理論、「ループ量子重力理論」を紹介することにあるからだ。

 まず確認しておくと、相対性理論と量子力学は現代の物理学のみならず、私たちの生活にも大きく関係している重大な理論だが、両者のあいだには明白な矛盾がある(つまりどちらも正しいと言えなくなる場合が確かに存在する)。この矛盾を解決し、両者を統合する理論の探求を、目下多くの物理学者たちが続けている。こうした理論のなかで有力とされているのが、「ループ量子重力理論」や「超ひも理論」である。

 訳者あとがきに書いてあるとおり、「超ひも理論」の入門書は結構多い。それに対して「ループ量子重力理論」についての紹介は全然ない。確かに「超ひも理論」は聞いたことあったけど、「ループ量子重力理論」なんて初めて聞きました…。なんかかっこいい名前。

 とはいえ本書、単なる自説の紹介というだけではない。わざわざ邦訳が出版されていることからわかるようにロヴェッリは文章が上手いし、単に物理学の理論の説明に終始したりしないから退屈しない。例えば本書では、古代の哲学者デモクリトスが何度も登場する。ロヴェッリいわく、デモクリトスは確かに実験に基づいた主張をしていたわけではないが、それでも彼の直観には現代の物理学者も耳を傾けるべきところがある。昔の思想家の思想は、現在の常識にとらわれたりなどしていないから、物理学者がブレイクスルーを起こす際の起点になりうる。

 またロヴェッリは、物理学におけるブレイクスルーに一定の法則を見いだしている。それは、既存の複数の理論を上手く統合すること、ただし今までの常識を覆すことによって、というものだ。例えばアインシュタイン。特殊相対性理論は、マクスウェル方程式とニュートン力学の「見かけ上の食い違いを解決するため」、「マクスウェル方程式とニュートン力学の関係を注意深く再検討しただけ」で発見された。そしてその結果、絶対的な時間・空間というニュートン力学の前提は覆された。

 ロヴェッリが主張する「ループ重力量子理論」もこの法則に従っている。目下、相対性理論と量子力学のあいだには矛盾がある。とはいえ、これらとは全く違う理論を打ち出すのではなく、あくまで両者を上手く統合する道が探られる。その結果、空間と時間はどうなるか?詳しい説明は本書をよんでいただくしかないが、空間も時間も量子場から生み出されるものと捉えられる。ここのポイントは、空間や時間がそういう場よりも先にあるのではなく、場によって空間や時間が生み出されるという転換が起きていることだ。

 とまぁ、詳しい説明をしだすと私の能力の不足がどんどん露呈してくるのでここらでやめておこう。とにかく本書は、ただ説明が親切なだけでなく、物理学者のおもしろエピソードや古代の思想家の話など、話題が多彩で退屈することがない。また、正直話についていくのが辛くなっても、しばらくしたらロヴェッリは話の全体像を改めて提示してくれるので、そこまで諦めずに読み進めてみる価値はあるとおもう。値段も1000円ちょっとで『時間は存在しない』より安い。そして何より、買えば河出書房新社に少し貢献できる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?