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エドガー・アラン・ポーの『黒猫』は背伸びしてでも英語オーディオ朗読版で聴こう!

アメリカの古典怪奇作家エドガー・アラン・ポーについて「子供の頃に 日本語訳で読んだことあるよ」で終わっている人がいたとしたら、、、それはとても勿体ない!

・・・と思ったのは、今日、パブリックドメインボランティアの無料オーディオサービス「Librivox」で、エドガー・アラン・ポーの『黒猫』を英語版で聴いていて、めちゃくちゃ雰囲気が出ていて、怖かったから!

気付いたこと。けっきょくポーの本業は詩人なので、ポーが彫琢した音韻や語彙で味わってみないと雰囲気が出ない。ポーの小説にはそういうところがあるのでは?これは日本の落語を英語に翻訳しても伝わらないのと同じ。やはりポーの怪談の神髄を味わうには、英語で聴くしかない。

もちろん徒手空拳で挑んでも「古い英単語や英熟語が多すぎてわからない」となってしまうので、先に『黒猫』の日英対訳本を手元に用意してからオーディオ版に挑むのをオススメします。

「ああ!」と感嘆するきは、Ahではなく、Alasと言い、
「最後には」というときには、at lastではなく、at lengthと言い、
「あれを見ろ!」というときには、watch out!ではなく、behold!と言う、

そんな19世紀アメリカ英語の言い回しを手元のテクストで確認しながら『黒猫』をオーディオで聴くと、これがもう、雰囲気バツグン!

一例をあげると、私はこの物語の主人公が、奥さんの死体を塗りこめた壁のことをconcealmentと呼び続けている、その語彙にゾッと来ました。日本語に訳すと「隠し場所」となってしまいなんてことなくなるコトバですが、concealmentだと、自分が殺した奥さんを埋めた場所をそんな即物的な言い方で呼び続ける主人公の精神におぞけを感じ、日本語訳の10倍、主人公の行動が気味悪くなる。

日本語もそういうところがありますが、「古い時代のことばづかい」ってのはそれだけで、現代人には怖く感じられますからねえ。英語についても、「現代英語となんだか響きが違う!」だけで、雰囲気がグンと出る。

というわけで、志ある方にはぜひ、「エドガー・アラン・ポーは背伸びしてでも英語で一度聴いてみてほしい!」のオススメでした。そしてこういう古典英文学が好きになると、ネイティブスピーカーでもないのに、なぜか「最近のアメリカ英語というのはどうも品がなくなった、昔の英語はカッコよかったなぁ」と思うことが出て来ます。これ、不思議な感覚ですがw。

※Librivoxではいろんな人が『黒猫』を吹き込んでいますが、私が気に入ったのは、以下のURLの20番目"The Black Cat"を吹き込んでいる方。年配の方なのか、どこか老成した震え声が異常に物語の雰囲気にマッチしていて、好き!


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