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【紙の本で読むべき名作選#17】旧ユーゴスラビア発「死者の百科事典」で電子書籍を越えてゆけ!

本書は1980年代にユーゴスラビアの作家ダニロ・キシュによって書かれた短編小説集ですが、その後のユーゴスラビアに吹き荒れた嵐を思い出すとなおさら泣きそうになります。

何よりも「コトバへの真摯さ」が溢れ出てくるような本書のスタイル!現代における小説のあり方としても、感じ入るところが多々ある読書体験でした。

表題作の「死者の百科事典」は現代のネット社会の行く末を考える上でも示唆に富んだ、哲学的な作品。あたかもボルヘスの短編のように、この作品も「現実には不可能な理想の本」が登場する趣向です。ただ「インターネット社会が行き着くところまで行けば、この小説で描かれているのにかなり近い世界が可能になるのでは?」と思いました。

この作品に出てくるのは「すべての人間の人生のすべての瞬間が、細部まで記録されている究極の図書館」。「市井のどんな無名の人物の人生も、ここでは平等に、詳しく書き込まれている」、「本人が少年時代の◯月◯日◯時に摘んだ花の種類が何であって、そのときに本人がどう感じたかまでが閲覧可能になっている」という夢のような図書館。

そんな図書館は現実にはあり得ないし、あったとしたら不気味だ、と思うかもしれません。けれども本作品を読むと、そんなふうに「すべての人間のすべての感情が記録されている」世界は、人類全体の魂の救済という意味で、ひとつの「歴史の完成形」なのではないか、と思ってきます。

この小説の主人公も、この図書館で死んだ父の人生が書き込まれた本を読み、生前の父が言ってくれなかった秘密の思いを知って号泣するわけです。すべての人間の、人生そのものが、本当はすべて文学的なのだ、という実感を与えてくれる余韻の深い幻想小説でした。

ですが、繰り返しになりますが、「地上にいるすべての人間の人生を、本人が忘れてしまったことすらも記録するデータベース」って、この小説が書かれた1980年代にはファンタジーであったけど、だんだんテクノロジー的には不可能でもなくなってきているのではないでしょうか

そんな感想も含め、まさに今読むべき小説という気がした読書体験となりました。

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