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泉鏡花が読んでみたい!―どこから読むか、何から読むか

漫画やゲームに取り上げられていることもあり、泉鏡花に手を出す若い人は結構多いのではないかと思っている。
美しい文体で綴られる不可思議な彼の物語は、いつもしみじみとした余韻に満ちていて、とても魅力的だ。その作風は私も好むところである。

しかし、手を出してみたところで挫折しやすい作家の一人でもあるのではないだろうか。

泉鏡花の文体は美しい。だが、その文体は古文調で、古いものほど読みにくいものとなっている。
これを乗り越えるには古典知識うんぬんというよりも、慣れが必要になってくる。若い人にはなかなか手を出しにくいところだろう。

かくいう私も、一度は泉鏡花で挫折を味わっている。
大学院に通っていた頃、教授に薦められ、また先輩たちが授業で語る物語の筋に魅せられて全集に手を出し、あろうことか一巻から読もうとして躓いたのである。

聞けば聞くほどに物語の筋は好みであるのに、文体の難しさから読めない憧れの作家。
私にとっての泉鏡花とは、長いことそういう存在であった。

最終的にはDMMの配信するゲーム『文豪とアルケミスト』にハマったことで、オタク特有の湧き上がる感情の勢いで壁を蹴り倒し、読めるようになってしまったのだが、それでもまあ修練は必要であった。

前置きが長くなってしまったが、この記事では私の経験をもとに、初心者が泉鏡花を読むならばどういうルートを辿るのがお勧めかを語っていきたいと思う。これから泉鏡花に触れようとする人にとって、参考になれば幸いである。

泉鏡花Lv.1

泉鏡花を人に薦めるなら、私がまず選ぶのは『天守物語』や『夜叉ヶ池』のあたりだろうか。

『夜叉ヶ池』は未読なのであらすじは控えるが、『天守物語』は白鷺城天守に住まう妖怪の美姫 富姫と人間の若き鷹匠 図書之助の禁断の恋の物語である。

どちらの話も岩波文庫などを手に取ってぱらぱらっと見てもらえるとわかるのだが、意外に短い話である。
『天守物語』は文庫本で54pほど、『夜叉ヶ池』は70p程度だ。

しかも舞台用の作品であるので、基本出てくるのは台詞ばかりで、その言葉遣いも現代語に近く、さして難しくない。意外にさくさく読めてしまう。

どちらも単行本まるまる一冊ぐらいの壮大な物語と思い込んでいた私は、初めて見たとき、とても驚いたものである。
初心者にはお手軽な作品なのではないだろうか。

泉鏡花Lv.1.5~Lv.2(あるいはLv.1の挫折者へ)

『天守物語』や『夜叉ヶ池』を既に読んだ読者に、あるいはこちらに挑戦して駄目だったという人には、『化鳥』と『貝の穴に河童の居る事 』を勧めたい。今ならば『榲桲(まるめろ)に目鼻のつく話』、まだ未読だが『朱日記』もいいかもしれない。

これらの作品を選ぶ理由は簡単で、絵本化しているからである。

どの作品も『天守物語』や『夜叉ヶ池』に比べれば文体の難易度はあがる。挑戦してみると、ある程度は意味がわかるものの、細かいところがわからない、作中で何が起きているかわからないということが出てくるかもしれない。そしてそういった要素は、読んでいて結構ストレスになったりするものである。

しかし、絵本は文字とビジュアルが互いを補い合って構成される媒体である。文章を読んでもいまいちわからなくても、添えられた絵や写真が補ってくれる。状況の把握が容易になり、ストレスを軽減してくれるのである。

欠点を一つ上げるとすれば、作品によっては省略が入ってしまうことだろうか。

『化鳥』などは文量も長くないし、文体も容易な方なので最もお勧めしたい一冊なのだが、ストーリーに省略が入ってしまっている。後ろの方に改めて全文掲載されてはいるのだが、最初から全て堪能したいという読者にとってはちょっと残念である。

泉鏡花Lv.3

さて、これまでに紹介した作品を何冊か読んでいくと、意外に鏡花作品が読めるようになってくる。
少なくとも私はそうだった。

割と初期に手を出して読めずに挫折した『外科室』が読めるようになったのも、ちょうどこのあたりの作品を三つ四つ読んだぐらいの頃合いだったと思う。

『外科室』はゲーム『文豪とアルケミスト』に手を出し、なおかつ公式が発行した文学全集を購入した者なら、タイトルぐらいは馴染みがあるだろう。

秘めた恋ゆえに麻酔を拒否して手術を受けようとする夫人と、密かに夫人に想いを寄せていた医者の切なくも鮮烈な恋物語である。

調べてみたところ、有名なイラストレーターと組んで文豪作品を絵本化したシリーズ 乙女の本棚に、いつの間にかこの『外科室』も加わっていた。

絵本ならば最初か二番目くらいに手を出してもいいかもしれないが、『天守物語』や『化鳥』と比較すると文体はやはり『外科室』の方が難しい。
おまけに乙女の本棚シリーズはイラストレーターの性質によるものか、個人的には当たり外れが大きいシリーズだ。
絵はどれも美しいのだが、ストーリーと絵が必ずしも連動して噛み合ってるとは言い難いのである。

なのでやはり、三番目くらいに読むのがちょうどいいのではないかと思う。

泉鏡花の裏道

最後に、ちょっとした裏道を紹介しよう。

上記に挙げたどの作品も心折れてしまった、あるいは読んでは見たものの、どうしたってわからない箇所があって戸惑っている読者に最適な本が実はある。

必殺・現代語訳である。

さすがに鏡花の著書全てとは言わないが、『龍潭譚』『高野聖』『天守物語』などの有名作品は抑えられている。

特にKADOKAWの『本当にさらさら読める!現代語訳版 泉鏡花[怪異・幻想]傑作選』は、2019年08月30日に発行されたばかりの新しい本である。公式サイトの解説から察するに、泉鏡花に挑戦して挫折した人々への救済策として期待されている節もあるので、かなり読みやすいように工夫されているのではないだろうか。

何にせよ原文は読めないけれど泉鏡花の作品に触れてみたい人、読んでみたものの、わからないところがあってきちんと答え合わせがしたい人には最適な本だと思われる。

こういう本に手を出すと、「原文で泉鏡花が読めないなんて!」と言い出す人もいるかもしれないが、そんな人は気にすることはない。
出版社としても、私のような元図書館員からしても、一番恐ろしいのは興味を示されず、物語が失われていくことだ。

心がちょっとでも向いたならばまずは触れて欲しい。その空気を味わってみて欲しい。そうして愛してくれたなら嬉しいし、いつか原文を読めるようになってくれたらもっと嬉しい。

とは言え、まあ気張る必要はどこにもない。

何にしたってこれは、他者による身勝手な祈りのようなものに過ぎないのだから。

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