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小林多喜二はどんな人?―戯曲・小説『組曲虐殺』から知ってみる

文豪に興味を持ち、本人について調べてみたいと思った時、私はよく壁にぶつかる。
色々と面白い逸話などを聞いたり知ったりすることは楽しいのだが、実は随筆や日記、書簡といったものが苦手なのである。研究書の類も、よほど相性がよくなければ挫折することが多い。(言いつつ、いつかは読めるようになりたいと積んでいたりするのだが)
人としてのその人を知るには、こういった資料がひじょうに有効だとわかってはいるのだが……。

さて、今回はそんな私が「こういう出会い方もありではないか?」と思った一つの舞台、あるいは一冊の本を紹介する。

井上ひさしが書いた『組曲虐殺』である。

この作品は、プロレタリア作家小林多喜二が特高の手にかかり虐殺されるまでを描いた演劇であり、書籍版はその台本といったところである。
勿論フィクションであるので、実際にあった物語ではない。
これが本当のことだと鵜呑みにしてしまうのはあまりにも危険だ。

しかし、史実にしっかりと裏打ちされた作品で、多喜二の書いた著作や史実の要素もいたる所に盛り込まれている。
資料やエピソードから漂ってくる、小林多喜二という青年の真面目で、素朴で、お人好しな、好青年と評するにふさわしい雰囲気は存分に味わえるのではないかと思う。

本作で描かれるのは、立場など関係なく、逆境の中でも健気に生きる人々を愛してやまない多喜二だ。
恋人の必死のアタックさえも台無しにしてしまう、特高警察に事実と違うことを言われてうっかり自分の身分を明かしてしまう。そんな不器用でちょっと間抜けな一面もあるが、全ては彼の生真面目さと誠実さに由来する。
彼は特高の言うことであっても耳を傾け、真っすぐに向かい合う。
敵対する関係であるのに相談にのってしまうし、困っていれば誰よりも真っ先に手を差し伸べようとしてしまう。己の胸を開き、相手の胸を開かせる。そうして覗き見た相手の中の健気な一面を、物語の多喜二はまた人として愛するのだ。

この作品は、短い一生を駆け抜けていった小林多喜二という青年の戦いの記録であると同時に、人間に対するラブソングと言えるかもしれない。

舞台はDVDにもなっているし、書籍も物語であるから資料集や書簡集よりはずっと読みやすい体裁となっている。
とりあえず小林多喜二という人が知りたいという人は、まずここを入り口にしてみるのもいいかもしれない。

一人の青年の生きた軌跡が、きっと胸に突き刺さることだろう。

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