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幽霊のいでたち

幽霊を見たことがない。
長い髪を垂らして白いワンピースを着ているイメージはある。靴はハイヒールが似合うけれど、なにも履かずに裸足なのもしっくりくる。

ある日曜日、私は部活練習のため学校の体育館にいた。中学生のときの話である。
休憩時間になると、友達が「トイレいくの着いてきて」と言ってきた。お腹が痛いが、ひとりで行くのは怖いらしい。
体育館を出て校舎に入ると、その日、吹奏楽部などの文化部は不在で、校舎内には私たち以外に人の気配が全くなかった。
私たちは剣道部に所属していて、袴姿に裸足という格好だったから、静かな校内を2人で歩くと裸足特有の足音が際立った。
トイレまで到着すると友達はもう余裕がないようで、スリッパも置かれていないトイレに裸足のまま躊躇することなく駆けていった。
残された私はトイレのそばにある階段に腰掛けて、ただボーッとしていた。そうなると、校内はいよいよ静かで、私が姿勢を変えたときに袴の衣擦れの音くらいしかなかった。

しばらくそうしていると、急にトイレの中から友達の声で「◯◯〜?」と私の名前を呼ぶ声がした。いるよな? という具合である。
あまりの静けさに不安をおぼえたのだろう。それが可笑しく、イタズラ心もあって私はわざと返事をしなかった。

そのあとは、無事に用を足し終えた友達が袴を履きながらトイレから出てきた。
体育館まで戻る道すがら「途中で不安になって呼んできたな」と茶化す。
すると友達は「いやいや」と呆れたような態度で言う。「◯◯、途中でトイレに入ってきたやろ? 個室の外の気配でバレバレやったから、わかってるぞっていう牽制の意味で名前呼んだんやんか」

それは絶対に私ではない。断言できるが、驚きのせいで咄嗟には言い返せなかった。
また、他にトイレに近付く者があれば、絶対に気づく。友達のあとから誰もトイレには入っていない、これも間違いなかった。

私が困惑しているあいだも友達は「それでしばらく個室の前に立ったあと、トイレの1番奥にある小窓を開けるか閉めるか動かしてから出て行ったやろ。しょうもないことするなよ」と続けていて、それは作り話の冗談を言っている様子ではなかった。本当に私に対して呆れているようだった。
私は本当のことを友達に言えないまま部活に戻った。その後も、なんとなく信じてはもらえないだろうという気がして結局、これを伝えることはなかった。
友達にとってはただ部活の休憩中にトイレに行っただけの話だからもう覚えてもいないだろうけど、私にとっては印象的な、今のところ唯一の不思議体験である。

あのとき、友達が個室のドア越しに感じ、その正体を私だと判断した気配というのが、たとえば裸足特有の足音だったり、長い袴の擦れる音のことだったとしたら、もしかするとあのトイレには、よく描かれるような長いワンピースに裸足の幽霊がいたのかもしれない、と一丁前に怪談っぽく締めてみる。

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