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『Marginal』という世界

 笠置に来てからというもの、僕は愛機であるFUJIFILM X-Pro2でモノクロ写真ばかりを撮っている。なぜモノクロ写真に拘るのかといえば、色という情報を削ぎ落とすことで、被写体であるその人の表情やバックグラウンドがより鮮明に写ると信じているからだ。そして同時に、ある意味で”丸裸”であるモノクロで写すことは何よりも難しいと日々痛感している。シンプルが故に奥が深い。毎日がトライ&エラーの繰り返し。自分への挑戦だ。

 そして誤解を恐れずに言うなら、単純にモノクロが好きだからチョイスしているというのも大きな理由のひとつで、いまの僕が表現したいカタチに一番フィットしている。モノクロという表現は僕にとってベストであり、どこまでも追求したい”憧れ”なのだ。そんな僕のモノクロ写真との運命的な出逢いは、恩師である藤里一郎先生の『Marginal』という写真展に遡る。

 2018年7月13日。僕にとって初めての写真展[Re:]の開催3日目。その日、わざわざ足を運んでくださった藤里先生が見せてくれたのは、できたてホヤホヤの『Marginal』の写真集だった。ふいに見せられたあの白と黒だけの世界に圧倒的な彩りを感じた衝撃はいまでも忘れられない。何度も何度も見返した。僕は白と黒だけの『Marginal』という世界に魅了されてしまったのだ。

 それからというもの、僕のあたまの片隅には常に『Marginal』があった。白黒に何度も挑戦しては、確かな手応えを感じられずに挑戦することを避けてしまっていた。それほどに僕と白黒の世界には分厚い境界線があったように感じる。そんな東京での暮らしから離れて、ここ笠置でただひたすらに写真と向き合うシンプルな生活を送っていると僕のなかに思いもよらぬ変化が起こった。

 笠置で出逢う”ひと”達の表情や魅力をもっと深く感じてほしい。

 その想いがモノクロームという描写を僕に与えたのだ。白黒のなかにある彩りを感じてほしい。目で色を見るのでなく、心で色を感じるような、そして人それぞれの思考や感覚が入り込む余白が必要だった。まるで、情緒ある俳句や短歌のような空気の色を読む白黒写真が僕は好きなのだ。

 情報が少ないからこそ自分の心で補う。そこに無限の彩りが生まれるのだと思う。そして「好きだから撮る」こんなにシンプルな答えはないとは思うが、結局はそれなのだ。僕はモノクロ写真に恋をしているのだと思う。『Marginal』を感じたあの日から。

  自分の表現したい世界に追いつくために毎日が挑戦であり、これからも探求をやめることは決してないだろう。僕が表現したい”その何か”は常に僕の前を走っているのだから。

 ”憧れの世界”は向こう側になどなくて、いつだって境界線を創るのは自分自身だ。

 シバタタツヤ


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