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巣ごもりのお供は温かいコーヒーとシチューと、真っ赤な嘘? 『ヘイトフル・エイト』 #おうち映画祭

白い雪に埋もれたキリストの磔刑像が映し出され、映画音楽界の重鎮、エンニオ・モリコーネによる不穏で壮大な序曲と共に物語は幕を開ける。
「一体なにが始まるんだ!?」と興奮を掻き立てるオープニングは、観る者を閉鎖的でスリリングな世界へと誘い、どっぷりと没入させる。

『ヘイトフル・エイト』 (2015)
The Hateful Eight
クエンティン・タランティーノ監督

(Netflixリンク)

猛吹雪の中を走る駅馬車は、2人の賞金稼ぎと1人の賞金首、新任保安官を乗せて共通の目的地へと向かっていた。
本来仲間でもなんでもない彼らが相乗りした理由は単純で、ひどい寒さに凍えて走れなくなる馬が続出する中、この馬車だけが最後の頼みの綱であったからだ。

道中にある「ミニーの紳士服飾店」は、険しい旅の途中で人々が立ち寄る簡易宿としての機能も果たしていた。
御者と乗客の計5人が馬車を停めて降り立つと、ドアを開けて出てきた男が「ミニーは留守なので、俺が店を預かっている」と告げる。店内には更に先客が3人。
奇妙な偶然で居合わせた9人が共に夜を過ごすことになるが、はて、タイトルは「8人の悪党」……?

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タランティーノの映画といえば、監督デビュー作の『レザボア・ドッグス』、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞しその名を轟かせた『パルプ・フィクション』をはじめ、「だらだらと続く意味のない会話劇」が特徴だ。
本作でも登場人物たちがまぁひたすら喋る、喋る、喋る。
しかしこれまでのタラ作品と異なるのは、その一見なんの変哲もないような会話に、しっかりと伏線が張り巡らされている点だ。
物語中盤に起こる「ある事件」を皮切りに、事態は急展開を迎えることとなる。

日本の配給会社が制作したポスターの宣伝文句には、「『密室』ミステリー」とあるが、この表現は合っているようで微妙に間違っている。
たしかに外は猛吹雪で、壊れたドアは冷気を通さないよう木の板と釘で固定されている。
けれどいわゆる「閉じ込められた空間で起きる謎の殺人事件」を想像して観はじめると、拍子抜けすることになるので注意が必要だ。

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この物語のミソは、悪党どもによって繰り広げられる嘘つき合戦である。
一歩踏み間違えれば全員が敵に回るような緊迫した空気の中で、誰もがもっともらしいことを豪語する。
なにが真実で、なにがデタラメなのか?
腹の探り合いとハッタリで相手を出し抜き、最後に笑うのは一体誰なのか。

人種も国籍もバラバラな彼らが繰り広げる会話劇は、それぞれの言葉に独特の訛りがあり、聴覚的にも楽しめる。
南北戦争時に北軍で闘ったという賞金稼ぎ、ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン)の黒人英語はポエトリー・リーディングのように滑らかでリズミカルだ。
新任保安官のマニックス(ウォルトン・ゴギンズ)は南カリフォルニアの出身で、癖の強い喋り方が目立つ。彼がある有名な人物の名前を何度も連呼するシーンでは、その大げさで芝居がかった口ぶりに思わず吹き出してしまう。

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また店で出される飲食物がとても美味しそうに描かれているのも魅力的だ。
冷えた身体に染み渡る淹れたてのコーヒーと、いつもと同じ「ミニー」のシチュー。観ているこちらまで食欲を刺激されてしまう。
長い長い物語のお供には、ぜひ温かい飲み物と食べ物を用意して、巧みな舌戦に疑心暗鬼になりながら鑑賞してほしい。

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