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ダイヤモンドに焦がれない

ブランケットにくるまってもまだ寒くて、エアコンの温度を1℃上げた。11月が去った。空回りばかりしていた秋が終わり、しんと澄んだ空と身を切るようにぴりっとした冷気と共に、冬がやってくる。

寒い日はホットワインがおいしい。1日で消費しきれなかった安物の赤の余りとオレンジジュースを大きめのマグカップに注ぎ、レンジで温める。キッチンを探したらシナモンスティックが出てきたけれど、去年買ったものだから香りはとうに飛んでいるだろう。

ふと思い立って再生した映画の画面が暗かったので、部屋の電気を消した。手元のお酒をこぼさないようにと、久しぶりにアロマキャンドルを焚いた。

鑑賞しはじめて1時間ほど経ったころ、印象的だった劇中の台詞をメモしようと映像を一時停止してスマホを手にとったら、最近会っていない友人からの着信履歴が残っていた。すぐに折り返したが、相手が応答する気配はない。
またか。奴はなにかあると気まぐれに手当たり次第いろんな人に連絡して、自分の都合の悪いときは電話をかけても出ないしメッセージも読まない。そういうタイプなのだ。

タイミングに左右されて生きている。1本の電話を取り逃すくらいの小さなことから、この先の道筋をすっかり変えてしまうような、目に見えない大きな運命の流れまで。
心から一緒にいたいと思う相手と過ごしているその瞬間、ほかの誰かとすれ違っている。あとになって「ほんとうに大切なのはこっちだった」と優先順位が変わったとしても、時間はもとに戻らない。

映画『隣の影』に登場する夫婦は、夫が元恋人と撮影したセックスビデオを隠し持っていたことをきっかけに仲違いし、離婚の危機に追い込まれていた。

「今は許せない」
「いつなら?」
「わからない。来週の気持ちもわからない」

3日に1度の出社日、朝の通勤電車でこの映画について書かれた記事を読んでいたら目に涙が滲んだのは、もう1ヶ月近く前のことだ。
あのころと今では、関心ごとがすっかり変わってしまった。2ヶ月間夢中だった人のことはほとんど忘れて、これまで意識していなかった存在が急に脳の片隅を占拠しはじめている。誰かを愛するにも憎むにも、心なんてたった一瞬で動く。

「うまくいかない」と思うときは、たいてい自分のことしか考えていない。数年前に比べたら、相手の事情や今置かれている状況をいくらか想像できるようになったけれど、自分の力ではどうやっても抗えないものを前にすると、必要以上に落ち込んだり悲しんだりしてしまう。

視野があまりにも狭いのだ、わたしは。世の中に溢れているたくさんのものから「これだ」と思うものを厳選して拾い集めて大切に抱えて、それでも価値を見誤ったり、手放すべきなのに執着したりして苦しんでいる。

「私たちは間違いばかり。ここ数週間はお互いバカだった。でも、まだ正しいことができる」

今までずいぶん遠回りしてきた。けどようやく、本物を見つけたのかもしれない。
そんな確信めいた希望的観測が頭に浮かぶのは、いったい何度めなんだろう。

ダイヤの原石とがらくたの石ころを見分けるのは難しい。なんてことないと思っていた存在が急にまぶしく輝いて見えることだってある。逆もまた然りだ。

わからない、来週の気持ちなんて。
わからない、なにが正しいのかなんて。

映画の結末はあまりに悲惨だった。冬の空気のような、冷えびえとした切なさが漂うような余韻を期待していたわたしは、なんとなく裏切られた気分でテレビの電源を落とした。
なんて後味が悪いんだと思う一方、ワインがまわってまぶたが重くなってきて、心地よく眠れそうだった。

ベッドに投げていたスマホを拾い上げる。友人からの返信は来ていなかった。
蝋が残りわずかになったキャンドルを枕元に置いて、消え入りそうな炎を見つめる。

次は燃え上がるような恋よりも、じわじわと温まる愛がいい。どちらに転ぶかは、きっと火がついたときに決まっている。

あぁ、彼の誕生石がダイヤモンドだったことに、たった今気がついた。
まだ間に合ってほしいと願うけれど、体力がなくて走れないから、こっちを振り返って、いつもの呆れ顔で、わたしがゆっくり歩み寄るのを待っていて。





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