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あとがき──小説「カフェ・ポート・ブルックリンの朝」

 短編小説「カフェ・ポート・ブルックリンの朝」が完結しました。

 小説「駒込珈琲物語」の登場人物である舞台美術家・澤松時子にスポットを当てた短編。自分にとっても、特別な短編でした。

 最初に「駒込珈琲物語」を書いた2020年は、コロナ禍の年でした。その年の夏、わたしはあるオペラのプロダクションにカヴァーキャストとして参加させていただいておりました。その経験も、作品にすこしばかりにじみ出ているような気がしています。

 オペラって、とってもたくさんの方々の力が合わさって出来上がっています。キャストだけではなく、スタッフ、合唱、オーケストラ……本当に数え切れないくらいの方々が携わってくださっています。出来上がっていく現場に居合わせられるのは、舞台人としてこの上ない幸せでした。

 「駒込珈琲物語」を書き始めたときには、マダムがここまで大きな存在に育っていくとは考えていませんでした。おじいちゃんの影響で演歌が好きだった栞が、なにかのきっかけでオペラのことを知っていってもらえたら嬉しいな……と思って、マダムの仕事をオペラに関わりのあるものにしました。そこから、へーヴェ駒込の造形も考えていきました。

 「駒込珈琲物語」は栞の視線で描いていましたが、書き進めるうちにマダムを主人公にした小さなお話を書きたいと願うようになりました。

 作中、マダムがソプラノ歌手であるビルギット・ニルソンについて栞から尋ねられて、YouTubeのリンクを送るという場面があったのを覚えておいででしょうか。そこから「マダムにとって特別な作品はなんだろう」とも考えるようになりました。自分が専門に勉強してきた領域ともリンクさせて、ワーグナー作品を多く手掛けてきたという設定に落ち着くまでは、時間はかかりませんでした。

 そして書いたのが「カフェ・ポート・ブルックリンの朝」です。いまはもうなくなってしまったブルックリンさんの内装や、お料理の写真も一緒に留めたいと願い、「駒込珈琲物語」と同じような構成で再編集しました。こうして懐かしい風景を留め置けることができて、よかったのかもしれないと思います。

 2020年に「カフェ・ポート・ブルックリンの朝」を書いたときから、この続きを書きたいと思い続けてきました。マダムが舞台美術を手掛ける《トリスタンとイゾルデ》が上演されるまでの物語を書きたい。そう願って、ずっと温めてきました。

 2024年の創作大賞にその物語を書くというアイデアも、なかったわけではありません。けれど、2024年春のわたしの筆力では描ききれないと判断して、その先の未来にとっておくことに決めました。

 その先の未来が訪れました。続きの物語「わたしのトリスタン」を、ようやく書き始めることができます。



 「わたしのトリスタン」の主人公となる女性は四人います。舞台美術家・澤松時子。聖橋歌劇団所属のソプラノ歌手・恩穂井ユニエ。聖橋歌劇団の制作スタッフ・石坂芽衣。《トリスタンとイゾルデ》のピアニスト(コレペティトール)・伊尾木由香里。

 この四人の女性の物語が絡み合いながら、東京文化会館での《トリスタンとイゾルデ》の上演に向けて奮闘する人々のドラマが描かれていきます。9月19日(木)連載開始で、毎週木曜日に更新していきます。全12話です。

 ずっと書きたかった物語をようやく書けるという喜びをしみじみと感じています。未来が「いま」となった喜びですね。

 楽しくお読みいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。




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