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創作/SS『夕陽の照らす虹のふもとで』

ぼくは、ふらりと家を出た
なんだか疲れてしまった
体中がもう休みたいと言っている気がする

大きく伸びをした
ぶらりと歩こう
どこまで行くかは考えていない
少し遠くまで
誰にも見つからないところで休もう

あの家は心地がいい
暖かい部屋に美味しいご飯に、大事にしてくれるひとたち
ぼくにはよくわからないけど、多分これが幸せ、なんだと思う
うん、ぼくは、幸せだった

さてどこへ向かおうか
とりあえず足を動かすことにする
きっと、行く先は自分の体が教えてくれる
昔のようにスタスタと進むことも出来ず、のんびり歩みを進める
ずいぶん長いこと、この体とも付き合ってるよなあなんて考えているうちに、いつもの商店街にたどり着いた
ここにもよく来たな
顔なじみの店のおばさんが声をかけてくる
軽く挨拶をしておこうか
もう会うことはないのかと思うと少し寂しいような気もした
いつものように、ご飯食べるかと聞かれたけれど、何かを口にする気分ではなかったから、店の奥に行っているうちに、一声かけてその場を後にする
元気でね

さぁどこまでいこうか
段々寒くなってきた
まだ陽があるうちに、進みたい
どこか暖かい場所
風の当たらない、静かで、誰にも見つからないようなそんなところ

ああやっぱりあそこか
思い当たるところまで、とりあえず行ってみよう

商店街を抜ける
細い路地を入り、人気(ひとけ)のない道を進む
ひょいと顔を出すと目の前には川が広がっていた
学校帰りの小学生や買い物帰りの人、自転車、散歩中の犬
うん、こっちだ
土手を歩く
夕焼け空、とても綺麗だ
何度も歩いた道
雲がうっすらと色を変えていく
このオレンジ色を見ていると、
つい、家に帰りたいなあと声に出しそうになった
だめだ
もう、あの家には帰らない
心配をかけるわけにはいかないから
大事なあの子に悲しい想いをさせたくない
ぼくだって、かっこつけたいときくらいあるさ

ようやく一休みできそうな場所を見つけて安堵する
高架下なら誰もこないだろう
そんなに寒くもないし、身を隠せる場所もありそうだ
なんだか眠くなってきた
大きな口であくびをひとつして、目をつぶる

うとうとしながら夢を見た
多分、夢
ぼくがもっとずっと小さかった頃のこと

同じ場所に丸くなっていた
寒いなぁとか、お腹すいたなぁとか、怖いなぁとかそんなことを思っていたんだ
そうしたら、1人の女の子がきた
真ん丸な目をして、ぼくの隣に座った
鞄からハンカチを出して濡れた頭をやさしく拭いてくれたんだ
そしてあの子はぼくを家に連れて帰った
元のところに、だとか、なんで連れてきたのとか聞こえてきたけれど、ぼくのことをギュッとして離さなかった
それがなぜだかひどく安心したんだ
きっと色々頑張ったのだろう
その日からぼくはその家の子になった
あったかい布団で寝た
食べたことない美味しいご飯を食べた
あの子のご飯をこっそり食べて怒られた
ボールとかそんなものでたくさん遊んだ
散歩をした
空が橙色に染まるころになると、そうだ今くらいの時間だ、決まってあの子が外に出てきてぼくの名前を呼んだ
その声が聞こえると、急いで家に帰った
チリン、と首につけた鈴が鳴ると、あの子はきょろきょろして、ぼくの姿を見つけると嬉しそうに笑うんだ

ああ幸せな夢だった
いいや、まだ、夢を見ているに違いない
声が聞こえるから
ぼくの名前を呼ぶ、大好きな声

その声が段々近づいてくる
そして

嬉しそうに言ったんだ
「やっぱりここにいた。帰ろうね。」
そう言って優しくぼくを撫でてくれた

ぼくは、もうあまり動かせなくなった頭を女の子の手に乗せた
「いなくなっちゃうような気がしてたよ。おうちに、帰ろうね。」
なんで、きたの
心配かけたくなかったのに
先にいなくなってしまうぼくのことなんて、ほっといてくれたらいい
どうしたってぼくは、君より先に虹の橋を渡ってしまうから
誰にも見られないところで、こっそりいなくなるはずだったのに

でも、
ほんとは嬉しくて、最後に甘えたくなって、ありがとうを言いたくて声をふり絞る

にゃあ

首につけた鈴が、チリンとなった


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